博士と秘書のやさしい恋の始め方

「先生、これ見てくださいっ」

「これはまた、実によくできている」

彼女が見つけたのは、分子モデルをビーズで表現したアクセサリだった。

「球状のビーズで原子を、筒状のビーズで結合を表しているわけか」

「いろんな形があるんですね、おもしろいです。あ、DNAもある。先生はやっぱりこういうのを見て“実に美しい”とか、うっとりしたりするんですか?」

「うっとりはしませんが……美しいとは思いますよ」

DNAの二重らせん構造を美しいと思ったり、或いは、普通の人からすれば単なる数式を美しいと思ったり。

そういった美的感覚は、理系の研究者特有のものかもしれない。

「あっ、これ可愛いかも。って、思ったら――“ニコチン”じゃないですか」

「本当だ」

「なんか、何の分子かわかったとたん可愛くなくなりました……」

「これなんかもキレイですよ。コレステロール」

「もっと嫌ですっ」

彼女は本当にからかい甲斐がある。おもしろくて、そして可愛い。

「では、これなんてどうですか? カプサイシン、体が温まりますよ」

「あ、いいかもしれません。形もなかなかいいですし」

「じゃあ、決まりですね」

「えっ」

「山下さんはカプサイシンで。俺はニコチンにします」

「ええっ、そんなっ……」

山下さんがちょっと困ったように何か言っていたが聞こえないふりをした。

そうして俺は選んだ商品をすたすたとレジへ持っていき、さっさと勝手に会計をすませた。

「記念というか、今日のお土産です」

「あ、ありがとうございますっ」

俺がミトコンドリアとカプサイシンの入った袋を差し出すと、山下さんは大事にそうに受け取ってくれた。

彼女のこういうところを、とてもいいと思う。

人柄というのは仕草にも表れるものなのだなと、しみじみ思う。

「大切にします」

「俺も。小さい物なので行方不明にならないよう善処します」

本当に気をつけないとな、切実に……。

「カプサイシンのチャーム、スマホのストラップにもつけられるけど、バッグから出し入れするときに引っかかって壊れたりしそうで嫌なんですよね。悩みます……」

「なるほど。俺は、そうですね……キーホルダーかな、家の鍵の」

「あっ、それいいかもです。私もそうしますっ」