博士と秘書のやさしい恋の始め方

「私、初めて来ました。そのうち先生方のおつかいで来る機会もあるかもなって思っていて。こうして外観だけでも見られて嬉しいです」

「そう言ってもらえると。基本的に「おつかい」には車を出せる俺か古賀先生が行くことになると思いますが」

「でも、私が対応しなきゃならない状況にならないとも限りませんし。ね?」

「そうですね」

彼女の仕事に対する熱心さには本当に頭がさがる。

いつも真面目で一生懸命なその姿勢には、好感が持てるし尊敬もしている。

しかしながら――心配にもなる。

一人で問題を抱え込んで苦しんだりはしていないか、本人さえも気づかぬうちに疲れていることはないか。

彼女はとてもしっかりした女性だ。

しかしながら、誰もがいつも強くいられるわけではない。

みんなから頼りにされて仕事もバリバリこなす彼女が、俺にはときどき危うくみえる。

だから、目がはなせない。

だから、見守らずにいられない。

「先生は大学はB大ってお聞きしてますが、ご出身はどちらなんですか?」

「生まれたのは東京ですが、小学校からはずっとここです」

「えーっ、B市が地元だったんですね。ちょっとびっくりです」

確かに、B大は全国各地から学生が集まる総合大学だからな。地元の俺は少数派だ。

「山下さんは? 大学はドイツ語専攻と聞いていますが」

「大学はT外語大学です。出身は宮城県なんで進学と同時に上京して、そのまま東京で就職してって感じですね」

そうか、東北の出身だったのか。

言葉の感じからして西日本ではない気はしていたが、なるほど。

ところで、宮城といえば支所のF研究所があるはずだ。

地元に帰りたいというような希望は彼女になかったのだろうか? 

今現在は……どうなのだろうか?

「F研勤務の希望は出さなかったのですか?」

「はい。最初から本所勤務が希望で。事務方って、本所勤務でも必ず一度は支所勤務を経験するルールがあるんですが、F研でなくB研に来られてよかったです」

はにかんだように笑う彼女が愛おしかった。

「本当に、あなたがB研にきてくれてよかった」

この街へ来てくれて、うちのラボへ来てくれて。

こうして――俺のそばにいてくれて。

助手席のシートに、めいっぱい運転席よりにちょこんと掛けている彼女がとても可愛い。

果たして、俺は大丈夫なのだろうか……。

「心配だ」

「え?」

俺の言葉に、不思議そうに小首を傾げる山下さん。

なんでこの人はこう、いちいち可愛らしいのだろう。

「ラボで平静でいられるか、心配です」

「すみません……。私、頑張りますからっ」

「いや、俺のほうが心配だという話です」

まったく、情けない……。しかしながら、それが本心だ。

「えーっ。先生はいつだって冷静じゃないですか、私と違って……」

「そんなことはない」

「ありますよ、そんなこと」

慰められても事実は事実、変わらない。

「残念ながら――」

「えっ」

「俺はあなたが思っているほど冷静な男ではないです」