誰も来ないのをいいことに、いい気分でじーっくり看板を眺めていたら――急に扉が開いて、中から大きなバッグを持った男性が出てきた。

「あれ? 何か見学希望のかたですか?」

ど、どうしようっっ 私ってば完全に不審者なんですがっ……。

「あのっ……」

「あ、結婚式の帰りに見学なわけがないですよね。これは失礼しました」

その人は、いかにも“披露宴帰り”の私のいでたちを見てあらためて言った。

「いえ、どうかお気になさらずに……」

「ひょっとして、道がわからなくなってお困りですか?」

「え?」

男性は私に向かって、ちょっと心配そうに柔和で優しい笑顔を向けた。

「よくいらっしゃるんですよ、結婚式で来られて迷ってしまうお客様が。ご迷惑をおかけして申し訳ない限りです」

「はぁ」

なぜ謝る? もしかして神社の関係者の人とか? 

いろんな施設があるみたいだし、職員さんとか社員さんなのかな? 

そうだとしたら、この看板のことも何かご存知だったりして?

「失礼ですが、こちらの神社の関係者のかたでいらっしゃいますか?」

「はい、そうですが」

やっぱりだ。

すごく感じのいい親切そうな人だし、私はちょっぴり期待をこめてたずねてみた。

「あの、この看板のことなんですが――」

「えっ」

あれ? 男性の顔色が一瞬変わったように見えたのは私の気のせい?

「この看板が、何か?」

「あ、いえその……とても素敵な字だなぁと思いまして。どういった方が書かれたものなのかしらと、少し気になりまして」

「それはそれは……そうでしたか」

男性はちょっと意外そうな顔をして、それからとても嬉しそうに笑った。

そして、看板について知っていることを教えてくれた。

この看板の字を書いたのは、こちらの神社の神職の方だということ。

このあたりには桂の木が多く、桂林館という名称はそれに由来しているということ。

また、看板として使われているこの板も桂であること。

「この字を気に入っていただけたなんて、書いた人間が聞いたら大喜びするでしょうね」

「本当ですか? ぜひよろしくお伝えくださいませ」

「はい。確かに承りました」

男性は愉快そうに笑いつつ丁寧におじぎをした。

そんなやりとりをしているところへ――。

「周? まだいるのか?」

「……た、田中先生!?」

な、なんでっ!? 

中から現れたのは袴姿の田中先生だった。