博士と秘書のやさしい恋の始め方

なんていうか、男と女というよりもオトナとコドモみたい。

できることなら、もっとぎゅっと抱きしめて心をまるごとさらってくれたらいいのに。

私はきっと、おとなしくいい子でさらわれるのに。

先生の優しさに甘えて、あつかましくもそんな不埒なことを思った。

でも――定時は過ぎてもここは職場。
この場所は誰もいないふたりきりの密室。

ちょっと冷静になったら途端に恥ずかしくなって、とんでもないことをしている自分にようやく気付いた。

「あのっ、もう大丈夫です。本当にすみません、ありがとうございましたっ」

すごく恥ずかしくて、ドキドキして頬が熱い。

私は逃れるように慌てて先生の腕を解(ほど)こうとした。

すると――。

「俺は大丈夫じゃない」

「ええっ……」

先生はまるで逃すまいとでもいうように、私を今一度つよく抱きしめた。

「相手が落ち込んでいるからって、誰にでもこんなことをするわけがない。俺にとって山下さんは――」

その腕に抱かれて高鳴る鼓動。

いっそう高まる淡く甘い切なる期待。

この苦しいくらい早い鼓動は私の?

それとも先生の?

どちらでもいい。

両方だったら一番いい。

私はじっと黙って目を閉じたまま、静かに耳を澄ませて先生の言葉を待った。

「あなたは、特別です」

ずっと、なりたかった。誰かの“特別”に。

うんん……誰かのじゃない、誰でもよかったわけじゃない。

「私も……私にとって田中先生の特別は、特別の中の特別です。だから――すごく嬉しいです」

そうして私はごわごわした白衣ごと先生をぎゅっと抱きしめた。

「俺、まさか自分が職場でこんなことする人間だとは思いませんでした」

「ああっ、ごめんなさいっ」

そうだ、誰か来たらたいへんだものっ。私は再び慌てて離れようとした。

でも――。