なんだろう、この感じは……。

ふたりきりの静かな居室に沈黙が降りる。

決して気まずいわけではない。気づまりするでもない。

ただもう胸がいっぱいというか、じんわりと漂う余韻の中で言葉を置き去りにしてしまったようだった。

そして――どうやら俺は言葉だけでなく時計も置き去りにしていたらしい……。

「おはようございまっす。あれ、田中先生? 今朝は早いッスね。出張お疲れ様でした」

ドアを開けて元気よく入ってきたのは古賀先生。

そう、時(とき)は無常にも刻々と淡々とすぎていく。

気づけばもう、ラボのメンバーがぽつぽつ顔をみせる時間だった。

山下さんはというと、少し慌てた様子でササッとテーブルの上を片付けると、いきなり俺に秘書らしい台詞を言い放った。

「そ、それじゃあ田中先生。旅費の精算はできるだけ早めにお願いしますっ」

それ、さっきは「まだ急がなくても大丈夫」って言いましたよね? 

どぎまぎして苦し紛れの演技をする彼女がとても可愛くおもしろく、とても大切で愛おしかった。

海の男と、山の女。

俺と彼女はこれからどうなっていくのだろう? 

いや、どうなりたい? 俺はどうしたい? 

そう、選ぶのも行動するのも自分。

いつぞやの周の言葉が臆病な俺を鼓舞したのだった。