教会からの帰り道。
アークライト邸に向かう道の途中で、ハンスの主人であるレミさんが歩いているのを見つけた。ハンスもそれに気付いたらしく、

「今から敬語で話す。お前も、俺のことはハンネスって呼んでくれ。」
「りょーかい。」

ハンスはネクタイを締めながら小走りで近づいて行った。俺も追いかける。

「お嬢様、こんな時間まで何をしていたのです?」
「ハンネス!?なんであんたが!?」
「新人が入ったので友人に紹介してたんです。で、お嬢様は一体何をしていたのですか?」
「秘密よ!秘密!」
「お、じょ、う、さ、ま?」
「う゛・・・」
「ハンネス・・・ちょっと落ち着けよ・・・」
「そ、そうよ!落ち着きなさい!」
「一応とはいえアークライト家の主人なのですよ?何かあったら大変じゃないですか。」
「し、心配してくれてるの?」
「仕事が増えます。」
「wwwwwwwwwwwwwwwwwwww」
「あ、あんたねぇ・・・!新人君も笑いすぎ!!!」
「お嬢様、何してたんですか?」
「え!?あぁ、えっと・・・明日教えるわよ・・・」
「わかりました。ラー君、帰りましょうか。」
「お、おうwww」
「笑いすぎ!・・・もう!早く帰ろう!」




次の日。
レミさんの外出先を知るために動いた俺たちは、彼女の案内でとある施設を訪れた。

「ここよ。ここで過ごしてたの。」
「ここは・・・養護施設ですか?」
「こんな施設があったのか・・・」
「ここにいるエミリアって女の子に会ってたのよ。でも、かなり癖が強いから気を付けてね?」
「分かりました。行きましょう。」

扉を開け、たくさん並んだ扉の9番目を開ける。そこにいたのは、車椅子でふわふわの服を着た、大きな本を抱える小さな少女だった。

「エミリア!また来たよ!」
「・・・あ、お姉ちゃん・・・」
「こんにちわ、エミリアさん。」
「男の人・・・!」

少女はハンネスを見た瞬間、こちらに右手を向けると

「エアリアル」

こちらにスペルを放ってきた。
しかしそのスペルは、ハンネスに届く前に消滅してしまった。

「え・・・?」
「残念ですがエミリアさん、その程度のスペルでは私には届きませんよ。」
「っ・・・」
「ちょ、ちょっと二人とも!」

ここでレミさんが止めに入った。

「私はここに戦いに来た訳じゃないわ!」
「・・・分かってるよお姉ちゃん。でも、男の人はみんな悪い人だから・・・」
「おや、これは誤解されているようですね?私はあなたのお姉さんの執事、ハンネスと申します。こちらはラー君。」
「よろしく、エミリアちゃん。」
「お姉ちゃんのお友だち・・・?」
「まぁ、そのようなものでしょうか。少なくとも、あなたに何かしに来たわけではないので安心してください。」
「大丈夫だよエミリアちゃん。この人たちは悪い人じゃないよ。」

ここまで説明してやっと少女は信じてくれたらしく、一瞬はにかむと

「そう・・・なの。ごめんなさい。」

そういってまた後ろを向いてしまった。

「・・・この子はね」

突然にレミさんが、自分たちにしか聞こえないような声で話始めた。

「実は、両足とも義足なのよ。この子が5歳の時、あの《アブノテンペスト》の時にこの子の親はイレイサーとして戦場に出たっきり、帰って来なかったのよ。しかも、住んでいた町もアブノに襲われてそのときに・・・」
「両足を失った、と」
「そう。そのせいであの子はほとんど笑わなくなってしまった・・・。そして彼女の持っている大きな本。あれは親が残した唯一の魔導書。風のスペルが書き込まれた強力な本。彼女が助けられた時に持っていたものよ。」

俺は驚きを隠せなかった。

ーーーアブノテンペストーーー

五年前、大量のアブノが攻めてきた事件だ。あの事件で、たくさんのイレイサーの命が失われた。
しかしあの事件はすぐに終息し、被害自体は大きく無かったと聞いていた。だが、やはり被害はあった。こんなにちいさな少女までもが大怪我をしていた。被害が無かったと喜んでいた当時の自分にひっそりと腹を立てていた。

「あの・・・レミさん・・・」
「なに?」
「アークライトの家って余ってる部屋ありますか?」
「ええ、今住んでるのは私とハンネスと君だけだからかなり空いてるわよ?でも、どうしてそんなこと・・・」
「よかった。なら、エミリアちゃんを引き取ることは出来ないでしょうか?」
「は!?なに言ってんの!?ムリよ!」
「いえ、大丈夫ですよ。部屋の空きはありますし、食事や着替え位なら私が用意出来ます。」
「そういう問題じゃないのよ!施設の人に許可をもらわないと駄目だし、何よりこの子が嫌がるわ!」
「ラー君、君にエミリアさんは任せました。私は許可を貰ってきます。」
「了解。」
「ちょっとあんたたち・・・!もう!好きにしなさい!」

ハンネスは許可を貰いに部屋を出ていった。俺は少女に近づき

「あのさ、よかったらなんだけど俺にスペルを教えてくれないかな?」
「・・・どうして?」
「俺、もうちょっとで新人戦なんだけどスペル使うの苦手でさ。よかったら・・・教えてくれない?」
「・・・」

俺の目をじっと見つめる少女。一瞬の間があった後・・・

「いいよ」

OKしてくれた。

「本当?ありがとう!」
「でも、ここじゃ出来ないよ?」
「分かってる。そこで1つ提案なんだけど、アークライト家に来る気はない?」

その言葉を聞いても、彼女の表情は変わらなかった。でも喜んでいるのは分かる。彼女の目が輝いたから。

「でも、ここからは出られな・・・」
「許可が降りました。」

帰ってきたハンネス。ナイスタイミング。

「施設の許可が降りました。これでいつでも外に出られます。」
「よかったねエミリアちゃん!」
「本当に・・・外に出れるの・・・!?」
「ええ、本当です。これで文句はありませんね?お嬢様?」
「・・・もちろん、無いわ。て言うか、あるわけ無いじゃない!エミリアと暮らせるんだもの!」

抱きつくレミさん。

「お姉ちゃん、苦しいよ。」

無表情ながら声が嬉しそうなエミリアちゃん。

「なぁラー」

そして、しごく真面目な声で話しかけてくるハンネス。

「どうした?」
「あの義足、たぶん・・・」
「ああ、魔術防具《エンチャントアーマー》だ。」

ひっそりと話す二人。俺たちは魔術防具であることを二人の秘密にすることに決めた。