5階立てのマンション。
周りには視界を邪魔するような高い建物などもなく、最上階の部屋からは打ち上がる花火を存分に味わうことが出来た。

ベランダに出ていれば色も音も匂いもはっきりと感じられるので、臨場感が溢れている。


それでも、やっぱり。
打ち上げ会場の近くで見たかった。

間近で見る迫力満点の花火に歓声を上げながら、あなたが隣にいることを幸せだと感じて笑いたかった。

屋台で買った食べ物を二人で分けあって、堂々と手を繋いで歩きたかった。

……こんな、今では幻のような願望も。
去年は確かに実現していたのにね。

あなたがあたしと過ごすことを唯一優先してくれた、夢のような夏の日の記憶。
今ではもう、触れたら苦しくなる儚い思い出。


あのとき、あなたは夢を見せてくれた。
すべてを捨ててもいいと誓ったあたしには、もったいないぐらいの幸せだった。

だけど、無残な時の流れを知ってしまった今なら思う。

あんな些細で中途半端な夢なんて、見せてくれなくてよかった。
先のないような関係のあたし達に、一時の幸せも夢なんていらない。

得られるはずのないものをわがままで望んでしまうから、心を揺さぶるものなんて残してほしくなかった。

それがある限り、あたしはすべてをあなたに捧げようとしてしまうから……。



花火を見始めて、どのくらいの時間が経ったのだろう。手元に時計がないから分からない。

たくさんの花火を見たから結構経ったような気もするけど、本当に時間は進んでいるのかもしれない。

この部屋に入ったときから握り締めたままの鍵が、すっかり手の中で温かくなっているぐらいだから。


キーホルダーも何もついていない、シンプルな銀色の鍵。


『一緒に花火が見たい』


昨日この部屋の主に会って精一杯の思いでこう告げたら、


『部屋で待ってて』


そう言って、この合鍵を渡された。