私はバルコニーの手すりに肘をついて、夜空を眺めていた。
今夜も満天の星空だ。
青白く光る三日月のおかげか、何となくだけど周囲が明るく見える気がする。

前いた世界でも、イシュタール(ここ)でも、夜空に浮かぶ月は、同じように満ち欠けをしているみたいだ。
昼間は太陽が照る、というのも同じ。
でも私は、毎日たくさんの星が輝く夜空を、前いた世界で見たことがなかったな・・・。

「やはりここにいたか」

その声でふり向くと、カイルが立っていた。
声聞いただけで分かるし、この部屋に来る人は限られてる。
だからなのかは知らないけど、カイルはいまだにこの部屋へ入るとき、ノックはしない。
まるで自分の部屋だと思ってる節がある。
ていうか、まあ厳密に言えば、この部屋の所有者は、国王(リ)であるカイルになるのかな。

カイルは私の足元の踏み台を見て、そのまま視線を上げると、フッと笑った。

「高さは丁度良いようだな」
「・・・おかげさまで」

最初私が少し背伸びをしてバルコニーから外を眺めていたことを、カイルは知っていたのか、翌日ヒルダさんが踏み台を持ってきてくれた。

『ナギサ様のために、特別に作らせたものでございますよ!』と言われただけのことはあって、高さはピッタリ。
おまけに新品同様なところを見ると、本当に「作らせた」ものらしい。

「あぁ申し訳ない」と思ったのは一瞬で、それ以上に「ありがたい」という気持ちが湧いてきた。
やっぱりカイルって何気に優しい・・・。


「今日はテオに会ったそうだな」
「え!なんで知ってるんですか」
「俺を誰だと思っている」

はいはい、あなたは国王様(リ・コスイレ)だよ。

「俺が何も聞かなければ、テオのことを言わない気だったのか」
「べつに・・・考えてなかった、です」

だって、私から会いたくて会ったわけじゃないし。
ていうか、カイルに弟いるって知らなかったし!
・・・会っちゃいけなかったのかな。
もしかしたらカイルは、エイリアンである私を、王家の人たちに「接触」させたくない、とか思ってたりして・・・。

うつむいた私に、「あれと何を話した」とカイルが聞いてきた。

「話というか・・テオから日本のことをいろいろ聞かれました。イシュタールより暑いのかとか、どんな食べ物が収穫できるのか、といったことを、テオから一方的に質問されて答えて。後、テオから、日本語を教えてほしいと言われたけど、あなたがダメだと言うなら・・・」
「構わん」

カイルの意外な答えにビックリした私は、思わず隣に立つカイルを仰ぎ見た。
あぁ、踏み台のおかげで、そこまで仰ぎ見る必要がないのは助かった・・・のかな。

なんか、カイルがより近いって感じるのは、目線の高低差が、いつもより少ないから?
それとも、今のカイルに、とげとげしさを感じないから?

とにかく、イケメンのカイルを見てると私の何かが落ち着かないのに、視線をそらすことができない。

「あ・・・・・いいの?」
「弟(テオ)は地質学者だ。あれがおまえを見つけたとき、おまえがいた世界に興味を示すだろうと想定済だった」
「あーなんかそれ分かるー」

やっぱりテオって学者だったんだ。
銀縁メガネと白衣が似合う、美少年アポロン・・・想像だけで見惚れちゃう。

「テオは興味を持った物事に対して、飽きるまで諦めん。暫くテオから質問攻めに合うことで、おまえは少なくとも退屈することはないだろう」
「う・・・」

夢の世界へうっとりと逃避しかけた私を、カイルはクールなセリフで現実に引き戻す。

「それから、テオとヒルダと一緒なら、町へ出ても良い」
「・・・・・・ほんと、に?」

私はカイルのカッコいい顔をまじまじと見ながら、何度か瞬きを繰り返した。

「俺が許可を出したことが意外だという顔をしてるな」
「あやっ、そんな、わっ!」

不意にカイルからキスされて、私はまたビックリしてしまった。
思わずよろめく私を支えながら、フッと笑うイケメン顔は余裕そのものだ。

さすがは国王、じゃない、カイル。

そのままカイルは私を踏み台から下ろすと、部屋の中へと歩き出した。
私は踏み台を手に持つと、カイルの後ろをチョコチョコとついていく。

カイルは、一人掛けのソファに脚を組んで優雅に座ると、円卓の向こうにある向かいのソファに座るよう、私を促した。

「そろそろイシュタールの町を見てみるのも良いだろう。おまえが今いる世界を、その目でしっかり見てこい」
「はいっ!」
「但し」と言ったカイルの顔が、少し険しくなった。

真顔のカイルから、イケメンオーラがハンパなくダダ漏れしているんですけどーっ!!
と思いながら、私は気持ち居住まいを正した。

「先も言ったが、テオとヒルダが同行することが絶対条件だ。おまえが逃げることを考慮してるのではない。おまえが逃げようが、俺の知ったことではないしな」
「あ・・・ははは」
「まだ金もIDも持たない、行くあてもない、町に知り合いもいないおまえが逃げたところで、行くところはない。せいぜい他国に売られて奴隷になるか、どこかのチンピラに体を好きに弄ばれるだけ・・・」
「わわわかったからっ!私、逃げるなんて一言も言ってないから!!事前に脅すのはやめてくださいっ!!!ていうか、イシュタールの町って、そんなに物騒なの!?」

無意識に心臓あたりに両手を当てながら、及び腰状態で聞くと、向かいに座るカイルは、フッと笑った。

「それは行ってからのお楽しみだ」
「うわっ!」
「冗談だ」

わ、笑えない・・・。

「町は危険な所ではない。この俺が、ヒルダや我が弟を、危険だと分かっている所へ同行させると思うか?」
「うーん、どうだろ。ありえないこともないし」と私が悩みながら本音を漏らすと、カイルはクスクス笑った。

あ。カイルの笑い声聞けて顔見れた。
それだけで、私の鳩尾あたりがじぃんと疼いて、胸がドキドキ高鳴った。

「案ずるな。危険な場所だと分かっている所へ、ナギサを行かせる気はない」

さっきとはうって変わって、今度はカイルの真剣な声と顔に、また私の心臓がドキンと跳ねる。
このセリフ・・・カイルの本音、だよね?

私は胸をドキドキさせながら、コクンとうなずいた。

「イシュタールは平和な国だ。しかし、西の国境付近へは近づかない方が良い。特に今の時期は危険だ」
「西って、確か砂漠があるんだよね」

砂漠を生で見たことがないと言った私に、テオが「連れて行ってあげる」と言ってた気がする。

「イシュタール王国の国土面積は約40,000㎢。内4分の1は砂漠だ。我が王国のエネルギー源は、砂漠に起こる強風を利用した風力発電。それで全国土を賄うことができているのは、さほど面積が広い国ではないからだ、というのもあるが、風力発電の開発力は、我が王国が世界一だと評されているのが一番正当な理由だ。そこに敬意を表して、イシュタール王国は、別名“砂の国”とも呼ばれている」

わぁ。カイルの顔が、とても誇らしげに見える。
それに話し口調も活き活きしてて・・・何だか私まで嬉しくなっちゃう。


「砂漠が国土の大半を占めてるわけじゃないけど、重要なんですね」
「仮に砂漠がなければ他のエネルギー源を開発利用していただろうが、まあそうだな」
「だから西の方は危険なの?」
「砂漠だけが理由ではない。むしろ砂漠の先にある近隣諸国を俺は危惧している」
「と言うと?」

カイルはすみれ色の瞳で、私をチラッと見つめた。
私に何を、どこまで話そうか、躊躇しているみたいだ。

でも数秒で決めたのか、頭の中で文章がまとまったのか、カイルは長い両手の指を組むと、とつとつと話し始めた。


「砂漠の先に、アルージャという国がある。その中のカーディフという自治区が独立をして以来、情勢が不安定になった。アルージャはカーディフを独立国として認めず、あくまでもアルージャの一部だと主張し続けている」
「それでお互い自分の領土だと言い合って、争い続けている、と」
「その通り。おまえはテオより物わかりが良いな」
「いやぁ、同じ土でも地質学とは違うし」
「そうだな」とカイルは言うと、フッと笑った。

「来週、二国のシークがイシュタールへ来る。我が王国で和平交渉を行うためだ」
「・・じゃあ、余計西の国境へは近づかない方がいいよね」
「そういうことだ。テオにもそれは言ってある。だからそんなに憂いた顔をしなくても良い」
「あ・・・うん・・・あの、カイルは大丈夫、なんだよね?」

「和平交渉」って言うと聞こえはいいけど、お互い争ってる同士の代表が顔合わせるんだよ?
その間に入るカイルに危険が及ばないって言えるの?

心配だって気持ちが、モロ顔に出ちゃってると思う。
でも聞かずにはいられなかった。