狐さんと暮らし始めて数日後のこと。
「おはよう、朱里。」
「おはようございます、狐さん。」
慣れない挨拶が少し恥ずかしい。
でも嬉しかった。
「あ、そうだ。」
「ん?」
「私、今日出かけてきます。」
「どこに?」
「学校です。
もうお金とか払えないし・・・、
退学手続き出そうと思ってます。」
「・・・よくわからないが、
出かけるならついていく。」
「え、ついてきてくれるんですか?」
嬉しくてつい声が上ずる。
その声に少し笑った狐さんは「あぁ」と短く返事をした。


出かける準備をして鳥居を背もたれにして腰をおろしていると、狐さんも用意を終えて来た。
その姿は普通の大学生で、新鮮で。
少し胸が高鳴った。
「変か?」
不安そうにそういう狐さん。
「いえ、かっこいいです。」
「・・・そうか。」
頬を染めて微笑む狐さん。
・・・反則だよ。


その時、神社の奥の階段を上がったところにある大木では、だるそうに欠伸をしている天狗の姿があった。
「あーあ・・・朱里め。
あれは完全に恋してる顔じゃないか。
そのままでいろと言ったのに。
・・・釘を刺さないとな。」
彼は冷たく見下ろしながら、
近くにあった枝を片手で折った。
平穏な日々は、
何か起こる前の前触れだとでもいうように。