部屋の奥から聞こえてきた静かな声に、カオリは笑みを浮かべたまま凍りついた。
見なくてもわかる。
声を発した人物は、下がりぎみの目尻をさらに下げて、いつも通り柔和に微笑んでいることだろう。
どうしてソコにいるの?
なにも聞こえなかった。
ドアが開く音も、誰かの足音も。
なのにどうして、ソコにいるの?
わかってる。
答えは一つだ。
初めから、ソコにいた。
ソコにいて、全て見ていて、全て聞いていた。
「伯爵…」
絶望的に呟いたカオリがカーテンに閉ざされた窓際に顔を向けると、予想通りの男が、予想通りの微笑みを浮かべているのが、暗闇に慣れてきた目に映った。
自らを『ジェルマン伯爵』なんて名乗る伝説の怪物が、黒い革張りのチェアに座り、デスクに両手で頬杖をついて優しげに笑っていた。
「どうなると思う?
君たちをどうするのが、一番いい方法だろうね?」
軽く首を傾げてゴールデンブロンドを揺らしながら、笑う怪物が言う。
「君たちも『穢れし者』になってみる?
それとも、『穢れし者』の餌がいいかな?」
あぁ、なんてこと。
この怪物には、もうこの場を穏便に取り繕う気などない。



