クララは走る。
人気のない裏道を選んで。
暗くて細い路地を選んで。
真夜中の街をクララは走る。
たまに後ろを振り返り、誰もいないことを確認して安堵の溜め息を吐くが…
油断はできない。
フランシスのことを『おまえの愛するバケモノ』なんて罵ったあの男、ソージこそが、本物のバケモノなのだから。
ソージは銃弾を躱した。
さらに、ステッキで弾いた。
さらにさらに、素手で掴み取った。
人ではあり得ない。
今のままでは勝ち目はない。
だが、諦めるつもりは毛頭ない。
とにかくこの場は逃げ延びなければ。
逃げて態勢を整えなければ。
そしてチャンスを待ち、バケモノの目を盗んで…
(あの女を…)
主人を失った安楽椅子の前に立つ、神が創った芸術品のような姿が脳裏に蘇り、クララは血が滲むほど唇を噛みしめた。
あの白い手が、フランシスの命を奪った。
あの白い手が、二人の幸せを奪った。
確かにその幸せは、多くの罪と多くの屍の上に成り立つモノだった。
でも、それがいったいなんだと言うの?
幸せだったのに。
幸せだったのに。
私は幸せだったのに!!!