「よいしょ。」


一声上げて、バーサンは縁側から立ち上がった。

いつもソージがしていたようにたらいに残った水を庭に撒くと、熱気がほんの少し和らいだ気がする。

あと一ヶ月もすれば暑い夏も過ぎ去り、秋が来る。

この打ち水の涼しさも、きっと忘れてしまうだろう。


「にゃー」


バーサンがたらいを井戸の縁に立て掛けて振り返ると、いつかの黒猫が、またもや鉢植えに前足を伸ばしていた。


「コラ!」


眉を顰めて駆け寄ったバーサンが、一つの鉢を胸に抱いてガードする。


「何度追い払ってもコレだ。
全く、図太い猫だよ。

誰かさんみたいだねぇ。」


最後の言葉を口の中で呟いたバーサンは、鉢を抱えたまま視線を上げた。


「旦那ァ…
孫がお世話になりましたねぇ。
代わりと言っちゃナンですが、ここ最近旦那がお気に入りだった鉢植えは、私がちゃんとお世話しますよ。
旦那も、どこかで達者にやって下さいねぇ…」


見上げた青空には、まるで綿菓子のような雲。

彼はきっと生きている。

もう二度と会えない予感はするが、この同じ空の下、きっと図太く生きている。