玄は壁のあった場所に足を踏み入れた。
中は夜明け前のように薄暗い。少し奥には、長く先の見えない階段が連なっているのが伺える。

「登りきった先にRomanの城下町が在るはずです」
「"はず"…ということは、確実に着けるわけではないと言いたいのか?」
「…流石、沙耶様の弟君。お察しの通りです。他の案内人と行き先が被ってしまった場合、時々不具合が起きて到着地が異なってしまいます」
「…案外不便だな」
「まあ、そんなことは滅多にありませんよ。ご安心下さい」

会話が途絶え、二人の足は淡々と進む。

途中、なんとなく玄は上を覗いてみた。天上には黒い闇が無造作に続き、月すら存在を消し単に暗闇となった深い空を思い起こさせる。

―――あの日に似ていた。
沙耶が玄に誓ったあの日とこの空間は、様子も風景も空気も―――何もかもが似ていた。
滑稽な景色。あの大切な日に似た空を、玄はそう感じてしまった。




足音が止まる。

「着きましたよ」

古ぼけた木の扉を開けて、白燈は深々とお辞儀をした。

「幻想と夢想の地、Romanへようこそ。此処から少し歩いたところに、沙耶様がおります。はぐれないようしっかり着いてきて下さいませ」
「ああ、…ありがとう」
「いえいえ、これが私の仕事ですからね。では行きましょうか」



今から沙耶に会えるというのに、玄は無性に不安になっていた。

――酷く、寂しくなっていた。