運命という言葉を誰かも言っていた。どうしようもないことが自分の人生に起きる。それは他人の運命にも同じように僕という不穏なファクターが影を落とすということでもあった。だが…

「都合のいい言い訳ですね、それ」
「なんでも運命だって言っとけ。丸く収まるから」
「回りでバタバタ人が死んでいってもですか?」
「ああ。お前が殺して回ってる以外はな」
「…知ってて近くに居るのは殺してるも同然ですが」
「そんなヤツ本当にいたら、アメリカあたりの国防省からスカウトが来るわ。殺人兵器とか言われて」
「僕は死の世界に住んでいるけど、生きているものを壊す気はないんです」
「そんなの偽善だな。誰だって故意に生き物を殺しながら生きてるんだ」
「したい人はすればいい」
「それする人間がいなくなったら、お前だって生きていけないんだぞ」
「それでいいです。願ったり叶ったりだ」
「くあぁ! お前と話してると頭おかしくなるわ!」
「そう思いますよ。だれも僕のことなんてわかりっこないんだ」
「あっそ。いいよ。そう言ってれば! ああ?」

 そう言うと幸村さんはふと腕時計を見た。

「うっわ。もうこんな時間かよ! 明日早えから帰んなくちゃ」
「お疲れ様です…あの…」
「なんだ?」
「手当…ありがとうございました」
「責任取るって言っただろ。俺が遅くなったのが悪かったんだ。それは悪かった。すまん」

 いつものように幸村さんは僕の頭を二、三回撫でた。自分のせいでこうなった理由を幸村さんにかっ攫われたみたいな気分になって、僕は言下にそれを否定した。

「責任なんか取って欲しくないんですが。謝って欲しくも無いし、あなたのせいでもない」

 それを聞いて幸村さんはにっこり微笑んだ。意味不明だ。そして僕の頭をクシャクシャッとした。

「いつも地味にツンデレだなお前。ああ、いずれお前の思い込みどうにかしてやる」
「なんですかそれ…」
「じゃあな。ちゃんと寝ろよ。今日は自分で鍵かけろよ」

 上着を掴むと、猛然と幸村さんは玄関に消えていった。明日は早くから大事な検証でもあるんだろう。だったらもっと早く帰れば良かったのに。というか来なければいいのに。責任とか…もういい。

 でも…

 激しい羨望と浮遊感を一瞬で薙ぎ払ったあれはなんだったのか。あれが幸村さんという人の生命力というやつかも知れない。日常が戻ったという点では見事だった。母親が僕の自傷を一喝した時の勢いに似たものがあった。

 だが僕はあの身体の無感覚感が消えてしまったことを心の奥で後悔していた。屍体に入った意識のようなあの感覚…いや無感覚。それは僕の望んでいた身体の死が訪れかけていたからなのではないかと思えるほどの体感だった。

 そして幸村さんがいなくなったあと、僕は身体の痛みの中で眠れない時間、再び佐伯陸のことを思い出していた。