僕を止めてください 【小説】




「おっ…裕、大丈夫か?」

 夜に電話すると、いつもの隆の声だった。僕はベッドの端に腰掛けた。

「うん。普通だよ。大丈夫。心配ないよ」
「また検査行くんだな」
「うん」
「ホッとした…どうしようかと思ったぜ」
「ごめんなさい」
「いや、お前のせいじゃねぇから」
「…驚いた」
「ああ。俺もだ」
「まだ怒ってるの?」
「さあ…な」

 案外、隆は曖昧に答えた。

「寺岡さんのこと怒っちゃダメだよ」
「なんで」
「うーん…いろいろ助けてもらったから」
「お前はな」
「隆もでしょ」
「貸しを返してもらっただけだって」
「死んじゃうよ」
「いやいやいや、それはない」
「あるよ…僕わかる」
「またか。信じねぇぞ」
「いいよ。でも、寺岡さんは本気」
「…あるかよ」
「だって…僕が本気だったの、隆気づかなかったじゃない。手首切って」
「ありゃあ…まぁ…わかんねぇよ。当然」
「あれから話したの?」
「いや。ナニ話すの」
「寺岡さん嫌い?」
「嫌なヤローだよな」
「嫌いですか…」
「ああ、イヤだね」
「僕は嫌いじゃないけど」
「お前は誰が好きか嫌いかなんて永遠に不明だろって」
「そうだね…」

 そういうと僕達は互いに少し黙った。ずっとそう言ってきたもんな。

「でも、母親みたいだった」
「お父さんの次はお母さんか?」
「そうみたい」
「結局お前は松田が一番好きだったんだろうな…」

 隆が自嘲気味に呟いた。

「俺達はあの事件の単なる事後処理班だったんだろうよ」
「そうなのかな」

 どう言ったらいいのかわからなかった。まぁ、それはいつものことだけど。でも、それを肯定してしまえば、隆は僕にそれ以上期待しなくて済むとも思った。

「そうなのかも…」

 僕は肯定してみた。嘘…なのか、本当なのか、さっぱりわからない。

「いつもみたいに“わからない”って言わねーのかよ?」
「わからないのは通常運転ですから。わからないなりに、です」

 期待させないようにするのも大変だ。どう言っていいのかなど僕にはハードルの高い試練だ。生きている人の世界は過酷だと思った。つまり、と僕はまた推測した。“わからない”ということは、このシュレディンガーの猫はまだ閉じた箱の中で観測者を待っているのだろうか。