さっきからパニックになっていて、私は畳みかけて聞く。

その時急に両手がばらけ、自由が戻った。

「お前はなにも知らなくていい。今日のことは忘れろ」

またも淡々と言い立ち上がる彼。

私のことも見ずキズはそのままに、森へ向かって姿を消そうとしている。

気づけばもう夕暮れで空は焼け、森は黒々とした大きな生き物のように揺らめいている。

「ちょっと待ってよ! 私なにも聞いてない。それにそのケガ、手当てしないと!」

とっさに立ちあがり、大声で呼びとめる私。

すると彼は立ちどまり、背を向けたまま声を紡ぐ。

「かすりキズだ」

そして彼はほんの少し振り向いた。

紅く燃えさかる太陽を背に、横顔の輪郭が鮮明に浮かび上がる。

影が表情を隠し、短い髪だけがはらはらと舞っている。

「もう二度と、ここへも、森へも来るな」