お父さんもなにも言っていなかった……。

なにも、言っていない……?

「あっ……」

私はハッとして声を裏返す。

あの日の声が頭の中に響いたんだ。

『もうすぐ、お母さんの命日が来るね』

『そう、だな……』

神社の境内に響いた、あの歯切れの悪い言葉……。

ほとんど、お父さんはお母さんのことを教えてくれていない。

“知ってるよ”

自分のお母さんのことなら口ごもる方がおかしいこの言葉。

でも私は、その言葉を返せない。

私が知っているお母さんの数少ない断片に、もう確信が持てない。

ひょうひょうと立っている乱麻くんが、揺らいで見える。

今にも目眩がしそうで、私は片手で頭を抱え込む。

じゃりっと、小石を踏みつぶしたような乾いた音がする。