私が昔のあの記憶を失っているのなら、知らずに紫希に守られて呑気に生きてきただけ。

そして元をただせば、私が生まれたから、お父さんからお母さんを奪ってしまった。

この手ではなにひとつ、守ったことなんてない。

お父さんに、紫希に、そして真央に守られて、ただ生きてきた。

大切に思っているのに、やっぱり、真央ひとりの守り方もわからない。

視界の縁から、涙で視界が歪んでいく。

私はグーにした手の甲で、何度もそれをふき取る。

自分が、ひどくちっぽけだと思えた。

すると涙のせいで鼻水のつまったこの鼻にもわかるほど、甘いにおいが漂ってきたのだ。

ほっとするような温かい香りが、寒い心を包み込む。

「そんなところに突っ立っていられると、落ち着いて食べれないんだけど?」

その香りとともに、突如舞い込んだ声に私の肩はびくりと跳ねた。