この時の俺は知らなかったんだ。
北野さんが俺の秘密を知っていることなんて。
北野さんは何も言わずに俺を見て笑っていた。さもおかしそうに。
だけど……
「そうですよ!
ギャグですか?
戸崎さんのライブとか、マジで見たくないです」
本当に何も知らない中山は言う。
そんな中山に便乗する俺。
「でしょでしょ?
観客が怒って座布団投げますよー」
そう言いながら、ふと思い返す。
昔、唯ちゃんがライブに来てくれたなぁ。
観客たくさんいたのに、俺の真ん前にいて。
あの時は心臓が止まりそうだった。
ずーっとドキドキしてて、唯ちゃんをぎゅっとしたくなった。
唯ちゃんね、感動して泣いてくれて。
俺、ステージを降りて、頭ぽんぽんして、大好きって言いたかった。
ありえない提案だけど、ありなのかなとふと思った。
だけど、今の俺にはきっと唯ちゃんを感動させるだけの歌唱力もオーラもない。
例え必死で練習したとしても、どんな歌を歌えばいいの?
Fとかないでしょ。
もっと純粋で心にグッとくる歌……
そんなもの知らない。
俺の考えは堂々めぐりを繰り返す。
俺のプロポーズ、どうなるんだろう。