あの雨の日、あたしは伊織君を追いかけた。
隣に並んで歩くあたし達の間には会話はない。
辺りには雨の音だけが響き渡る。
その時、伊織君が呟くようにこう言った。
『姫子は俺がいないと何にもできないって思ってた。だけど、もう大丈夫だね』
その言葉の意味が分からずに聞き返すと、伊織君は昔を懐かしむように言った。
『姫子が折り畳み傘を持ってるなんて思わなかったよ。雨の日には姫子を迎えに行くのが俺の役目だって思ってたけど、もうそんなの必要ないんだね』
家に着く直前には雨は上がっていた。
そして、家の前に着くと、伊織君は決意を固めたようにこう言った。
『姫子は一条君に幸せにしてもらいな?俺は潔く身を引くよ』
『でも、伊織君は……――』
『俺は大丈夫。姫子以上に良い子見つけるから。それに、一条君には完敗だったし』
『完敗って?』
そう尋ねると、伊織君は力なく笑った。
『さっきの場面で俺が一条君だったら、自分の感情を優先させて、絶対に姫子をいかせなかった。意地でも姫子の手を離さずにいたと思う。だけど、彼は違った』
『違う?』
『そう。一条君は誰よりも姫子のことを一番に考えてるってこと。悔しいけど、俺以上だった。男の俺から見ても、一条君はカッコ良いよ』
伊織君の言葉にあたしは大きく頷いた。
『うん。海星君は……カッコいいよ』
『姫子って、案外男を見る目あったんだな』
伊織君の言葉にへへっと照れ笑いを浮かべる。
『伊織君……今まで、ありがとう。本当にありがとう』
『俺の方こそ、ありがとう』
手を差し出す伊織君。あたしはその手をギュッと握り返した。



