私は黒板消しを置き、席に戻ろうとする佐野くんの袖をつかんで引き止めた。

そして再び黒板に走り書く。

『ありがとう』

しかし、それもさっと消されてしまう。

彼は私の耳からヘッドホンをはずし、長い胴体を折りたたんだ。

そして、私の耳元に口を寄せる。

「仕事、増やさないで」

彼は冷たく言い放つと、すぐに席に戻った。

突然のことで跳ね上がる心臓。

(これは、驚いたから…だよね)

心当たりのない反応に、私はそう理由づけた。

そして外されたヘッドホンをそのままに、席へと戻った。


3時間目の先生が入ってくると、嫌なことを思い出してしまう。

また同じことを言われる。

言われるのが嫌だというよりかは、くだらないことで笑う彼らを見ているのが不愉快だ。

でもそろそろ飽きる頃だろう。

そう、思っていたのだが

「じゃあ日直さん、号令を」

「櫻田さん」

再び彼女は私の名前を呼ぶ。

(飽きてなかった…

何がそんなにおもしろいっていうの?)

私は自分に負けて、ガタンと音を立てて立ち上がりそうになった、怒りをぶつけたくなった。

けれど

「早く号令かけ…」

「起立」

(え…?)

小田さんの声を遮るように佐野くんの号令がかかる。

みんなは号令に合わせて慌てて立ち上がった。

「ちょっと、佐野くん、私まだ途ちゅ…」

「気をつけ、礼」

佐野くんは聞こえないとでも言うかのように号令を続ける。

小田さんは私からふいっと顔を背けた。

胸の底がスカッとするような感覚。

私は佐野くんの方を見た。

実は私のひとつ前の席に座っている。

彼は頬杖をついて、窓の外をぼんやりと眺めていた。