「おじゃまします」

彼は玄関でくつを揃えて上がり込んだ。

(礼儀正しい人だな…)

私はそのまま佐野くんをリビングに通し、ソファに座ってもらった。

飲みものを取りにキッチンへ行こうとすると、彼は私の手を掴んだ。

そのまま勢いよく引かれ、佐野くんの隣に座らされる。

(…佐野くん?)

「ずっと、聞いていいか迷ってた。

けど…」

佐野くんは私の目を真っ直ぐ見ていた。

その視線から逸らすことはできない。

「どうしてあんたが声を出せなくなったのか、聞かせてほしい」

私は近くにあった紙とペンを手に取った。

どう説明しようか少し考えて

”私には声が必要ないから”

そう書き込んだ。

「必要ない…?」

私は小さく頷いた。

そして、彼は遠慮がちに付け加えた。

「…その理由を、聞くのはだめか?」

私は少しだけ迷った。

今まで誰にも話さずにいた。

(でも、佐野くんになら、話してもいい…のかな)

私は立ち上がり、ラックの上に飾られた一枚の写真を佐野くんに手渡した。

私が毎朝手を合わせている彼女。

「櫻田の…お母さん?」

私は頷いて、ペンを握った。

そして私の過去を書き始めた。