声をくれた君に



それから、私は髪の毛を乾かしきれないまま数学の授業を受け始めた。

かと言って、教科書はない。

そもそも授業を聞ける気分ではなかった。

何も考えず、ただぼーっと窓の外を眺める。

すると隣から、小田さんの大きな声が聞こえた。

「先生!」

その先の言葉の予想がついた。

(櫻田さんが教科書持ってませんとかなんとか言うつもりなんだろうな…)

けれど、そんな私の考えは甘かった。

「私の教科書がなくなりました」

(え…)

私の机の上を見ると、あるはずのない教科書。

「誰かが間違えて持ってるんじゃないのか?

全員教科書の名前、確認してやれ」

名前を確認する必要なんてない。

ここにあるのが小田さんの教科書だ。

(どこまでやれば気が済むの…)

小田さんは私の机の上を見て、はじめて見つけたような素振りをした。

「先生、櫻田さんが、私の教科書持ってる…」

そして彼女は

泣き始めた。

先生はあわて始めた。

私もさすがに驚いてしまう。

「ど、どうしたんだ、小田」

「だって…

この前はノート写されるし、今度は教科書とられるし

櫻田さんが私に意地悪するから…」

「櫻田さんサイテー」

「小田のこと泣かせるなんて」

クラスからの非難。

(嫌だ、怖いよ、誰か助けてよ…)

思わず耳をふさいだ。

そして一瞬だけ目の前に座る彼の背中を見てしまう。

振り向くはずのない、佐野くんの背中。

(どうして佐野くんに助けてなんて思っちゃったんだろう…

何を期待したんだろう…

バカみたい)