声をくれた君に



放課後、私は約束通り佐野くんの掃除を手伝っていた。

私も佐野くんもしゃべることなく、ただ黙々と掃除をしている。

私の場合、しゃべることができないのだけれど。

(だいたい佐野くんもおしゃべりなタイプじゃないし)

だけど、どこか心地よかった。

大嫌いな教室のはずなのに、今だけは心地がいい。

昨日と同じように、彼はちりとりを持って私の目の前にしゃがんだ。

目も合わせることなく黙々と作業を進める。

そして掃除は終わってしまった。

(って別にそれでいいじゃない。

終わって”しまった”なんて、まるで終わりたくなかったみたいな…)

悶々としていると、ほうきを片付けた佐野くんが私の目の前に立った。

私は彼を見上げて目を合わせる。

「手、出して」

(手…?)

私は首を傾げながらも、彼に手のひらを差し出した。

その手のひらの上に、彼はポケットから出した何かを乗せる。

個装されたチョコレートだ。

「お礼。

じゃ、また明日」

彼はそのまま背中を向けて教室を出た。

私は彼の背中を見送った後、手のひらの小さなチョコレートを見つめた。

(お礼にチョコレートって…子供か!

もう…笑っちゃうよ…)

私はそのチョコレートをさっそく口に含んだ。

(ちょっと溶けてるし。

もう、意味わかんない…)

途中で甘いはずのチョコレートが、なぜだかしょっぱくなるから。

(ほんと、意味わかんない。

どうして、泣いてるの…)

諦めていたはずの高校生活に少し期待しそうになって、私は慌てて首を振った。

(期待したって、余計辛くなるだけ。

彼ひとりの存在で、私の世界が変わるわけないんだから…)

私は涙を拭って急いで家に帰った。