「俺、明日日直だから、今日手伝った分あんたも掃除して。
早く帰りたいから」
私は一瞬、あまりにも単純すぎる理由にぽかんと口を開けてしまった。
でもすぐにうんうんと、何度も縦に首を振ってみせる。
「よろしく。
じゃ、また明日」
彼はカバンを持ってさっさと教室を出て行った。
私はその背中を見送ったあとも、しばらくその場に立ちすくんでいた。
新しい高校に転入して以来、声を出せなくなって以来、まともに誰ともしゃべったことがなかった。
話しかけられる時はいつも私をからかうためのもので
話しかけたことなんて一度もなくて
そんな私が
(会話をした…)
別に会話のない毎日に不満があったわけではない。
けれど、なんとも言いようのない胸騒ぎがした。
心臓はドキドキと音を立ていて
それでも、自分の口元が緩んでいることには気づかなかった。
(明日もがんばろう…)
漠然とそう思えた。
