(二)
「春野、なあ、春野!」
呼ばれ、はっとする。
目を開ければ、目の前に“彼”がいた。
「え……あれ……?」
首を傾げたのは、広がる光景に疑問を思ったから。
辺り一面、水の罫線だらけ。
酷い豪雨は、通り雨でーーああ、そうだ。いきなり降ってきたから、雨宿りしていたんだっけ。
寝ぼけていたのかなと、目をこする。
「大丈夫か?びしょ濡れじゃないか」
「う、うん」
濡れたブレザーはハンカチで拭いたところで、乾く訳もない。
学校帰り、走って家に帰る気力もなく、公園の休憩所ーー簡素な屋根とベンチがある場所で雨上がりを待っていた。
びしょ濡れという不格好は、誰にも見られたくなかったのに。異性なら恥ずかしさも引き立つし、よりにもよって。
「えっと、その」
「わりいな、いきなり声かけて。別のクラスだから、俺のこと知らないよな」
寂しげな表情を隠すように、“彼”は唇を引き伸ばす。
「Bクラスの掛川弥代(かけがわやしろ)」
藍色の傘を折り畳みながら、“彼”も屋根ある場所に足を踏み入れる。
掛川弥代。
“彼”は自分のことを知らないと言ったけど、“彼”は入学当初から有名人だ。
入学式当日、女子全員が“彼”の顔と名前を覚えたことだろう。
他の男子ーー平均よりも頭一つ抜きん出た身長に男らしい顔つきは、“大人”に憧れを持つ世代にとっては、羨望の対象だ。


