「苦しいですっ。イチャラブなら、手前のいないとこでやって下さい!」
忘れていた、と言えるコウモリ。
私の胸元から顔を出し、まったくーと僅かに憤慨している白い物をーー彼は摘まんだ。
「なんだ、これ」
喋る白いコウモリをストラップみたく宙でヒラヒラさせる彼の度胸は石か何かで出来ているのだろうか。
私なんか、悲鳴上げて投げ捨ててしまったのに。
「いだっ、痛いっす!右はやめてっ、左にして!」
「何でお前、そよ香のハンカチしてんだ?そよ香が手当てでもしたの?」
負傷した側を臆面もなく摘まむ彼。コウモリのSOSを受け、私の手のひらに移動させる。
「う、ん。この子が、色々と助けてくれて」
互いに向き合い座る姿勢。彼の顔がよく分かる。やっぱり泣いていたみたいで、目が赤い。
これが、“弥代くん”。
彼の顔をまじまじと見て、改めて思う。
答え合わせたる思い出が抜け落ちていても、彼が弥代くんであるとは明白だ。その名を呼んで、彼が来てくれたんだから。
同じブレザー制服。ただし、胸元のピンバッチは2-B。
すらっとした体系に合う、高い身長。猫っ毛の黒い髪なのに、だらしないではなくお洒落と捉えられるのは彼の顔が整っているからだ。
一言で言えば、かっこいい男子。
あまり笑わないけど、私の前だけでは笑ってくれるような人……だったはず。
頼れる記憶が断片的だと、こうも不安になってしまうのか。自分でも自覚してしまうほどよそよそしい態度を取ってしまう。
彼も気付いたか、私の不安が伝染する。
「そよ香、どうしたんだ」
「その、私……記憶がなくて」
「あ、やっぱり記憶ないんですか、お嬢さん!つか、お嬢さんは『そよ香』さんなんですねっ。手前も今度からそよ香さんとーーびゃっ」
私の手から引ったくられたコウモリが、明後日の方向に投げられた。
ひどいっすよーと、パタパタ飛んでくるが、彼の睨みで空気を呼んだのだろう。私の後ろあたりにちょこんと静かに座った。
「で?そよ香、記憶ないって、俺のことは分かるだろ?」
「う、ん。何となく」
「何となくって……。俺とお前は恋人同士だ。高一の時からつき合っていて、それで、あの日……」
途切れた言葉。間を置き、弥代くんは改めるように私を見た。
「お前、死んだ時のことは覚えているか?」


