「覚えてないのも無理ないよな。というか、出会った時は思い出してほしくもない。あの時の俺、“最悪”だったから」
笑う彼。
いつものように、私の前だけで見せてくれる笑顔は言う。
「大変だったんだ。そよ香が、レインのボーカルみたいな奴が好きとか、学校帰りにあの親友と話していてから、必死になった。何せ、真逆の体型。“こうなるまで、二年近くかかった”。体重減らして、体作って、髪も伸ばして。でも、そよ香はあのボーカルに似てなくても、俺がどんな見た目でも良いって言ってくれたから嬉しかった。やっぱりお前は優しいよな。ますます愛せる」
「二年って……」
「お前のために費やした時間。中学時代は、お前と付き合えるのを夢見て死に物狂いで頑張った。そうして高校。あの親友と、地元の高校に入ろうって話していたから、俺も来たんだ。いい高校行けって親の反対押し切って、ここに来た」
『他県からわざわざ、こっちの高校に』
何かしらの理由はあると思っていた。でも、誰もそれを知らない。各々好きに想像していたんだ。ーーそんな理由だとも思わずに。
「ああ、ここ卒業したら、どの大学に行く?今度は直接聞かせてくれ。前は、あの親友との話を聞いているだけだったからさ」
あの親友とは、真奈のこと。
真奈は中学時代からの親友だ。そんな彼女との話を、どうして彼が聞けるのか。
掛川弥代という名前は高校になってから知ったんだ。それ以前に彼を見たことなんかないのに。
「ここまで話しても分からないか?俺がどれだけ、そよ香のことを思っているのかを。“ずっとずっと、お前が好きだった”」
「ーー」
重みを、知る。
頭からずっしりと、見えない何かがのしかかり、押し潰すようだった。
「肉だるまってあだ名つけられて、根暗で、誰からも嫌われていた俺が、ここまで変われたのもお前のおかげなんだ。あの日ーー祖母の家に帰省したお前に出会えたのは奇跡だった。あの時もお前は、俺に優しくしてくれた。最悪な俺でも笑顔で手を伸ばしてくれた。まったく面識もないのに、怪我した俺をあんなに必死になって、手当てをしてくれて。
そよ香がくれたハンカチ、絆創膏。それに買ってきてくれた飲み物(ペットボトル)は俺の宝物だ。まだ、大事に取ってある」
確かに私の祖母は他県に住んでいる。母に連れられ帰省するのは、お盆か正月。
怪我をした人。介抱で。あることを思い出す。
言われなければ記憶の底にあるままだったこと。だってそうだろう。“怪我をした人を助けるなんて当たり前のこと、いつまでも覚えていられる訳がない”。


