‡〜元凶〜‡

《ぅをぉぉぉぉ》



「龍牙刀…」

不気味な声の方へと目を向ければ、刀を持った男が、ゆっくりとこちらへ向かってきていた。
狂気を振り撒き、歩んでくる男。
さきほど、結婚をせまられた時の印象とはかけ離れた姿だった。

「取り憑かれてる…」


〈ひゃはは。
ひっはははは〉


狂気に蝕まれ、すでに自我はないようだ。

「この日を待っておったっ!
その刀に対抗できる唯一の刀!
お前を殺せる刀じゃ!!」
「先生っ!!」
「美南ちゃん…。
すまん…じゃが、わしは…こやつを殺さねば死んでも死にきれんのじゃっ!」

秦が混乱して動けないでいる私を支える。
風が起こった。
狂気に満ちた嵐。
引き込まれてしまいそうになる程の乱風。

「どうして…」

いつも優しく、人を癒していた。
時折、実際の年より老けて見えるのは、刻み込まれた笑い皺のせい。
どうして殺すなどと言うのだろう。
そんな事をできる人ではないのに。
とめなければ…。
焦る気持ちとは裏腹に、根付いたように動けない。

「うをぉー!!」

切りかかる先生をあざ笑うように避け、刀を決して合わせようとはしない。
わかっているのだ。
合わせれば終わりだという事を…。


〈ひぇっへへへ。
ひゃははっ〉


何度も刀を振り下ろす先生の攻撃を、すべてゆらりとかわしてしまう。

「ぜぇへ…ぜぇ…」

息が上がってしまっている。
もうほとんど刀を振り上げる力も残ってはいないだろう。


〈ひへへっ〉


「先生っ!」
「ぐぅっ…っ」

右肩から斜めに切りつけられた先生は、たまらず倒れ込む。
秦が駆け寄り、先生を抱き上げて後退する。

「これ以上血を浴びてはっ!!」

血が刀を伝って赤く染め上げる。
秦は、先生が取り落とした水薙刀を拾い、先生を担いで駆けてくる。

「美南都っ
走れっ逃げるぞっ」

先生を一緒に抱え、走る。

「こっちへっ
とりあえず隠れなきゃ」

秦は、足を怪我していてあまり遠くへは走れないし、屋敷の中には人がいる。
万が一そこで戦闘になれば、血を求めている龍牙刀は、容赦なく襲うだろう。

ならば…。