‡〜優しい出会い〜‡

足音が急速に遠ざかっていくのを感じながら、自身の心音の速さに戸惑う。
こんなことは初めてだ。
不安で、でもどこか安堵している。
ほどなくして、扉のほうから人の近づいてくる気配を感じた。

「聞こえる?」
「…うん…」

窓から聞こえた声と同じ人の声だと確信し、身体に巻き付けた毛布を引きずるように扉に向かってしゃがみ込む。

「名前は?何て言うの?」
「みなと」
「みなと…どう書くの?」
「とうさまは、うつくしい みなみの みやこ っていってた」
「美南都。
僕は…シン…」
「シン」
「お話ししよう。
僕、昼間は仕事があるから、夜しかこうして出歩けないんだ」

何か話したい。
心は逸るけれど、何を話せばいいのか分からない。
もどかしさと、話し相手ができたことへの嬉しさが胸に渦巻いている。

「…お母さんは?」

話しに父親しか出てきていないのが気にかかったのだろう。
”シン”は少し控えめに、けれど一呼吸おいて今度ははっきりとたずねてきた。

「美南都のお母さんは、どうしたの?」
「いない…みなとが うまれて、すこしして、びょうきで しんだって…」
「…ずっとここにいる気?出てこられないの?」
「……」

他人に何気なく問われた事で、ふいに不安になった。
私は、ここにいてはいけないのだろうか。




寂しいけれど不自由はなかった。

寒いけれど出たいとは思わなかった。




ただ、父が側にいないことだけが悲しかった。

「出してあげるよっ」
「いいの…ここにいる。
そとに でるのは、いやっ」
「どうしてっ」
「こわい…。
おじさんやおばさんたち。
おとなのひとが…こわい」
「内緒で逃がしてあげられるんだよ?」
「イヤッ」
「………」

自分でもなぜかは分からないけれど、その時はまだ出たいと思えなかった。