私は真上にいる稲瀬に、自分からしがみつくように抱きついた。

稲瀬の表情は見えないけど、稲瀬が驚いているのはなんとなくわかった。

自分からこんな積極的なことをするのは、付き合ってから初めてのことだったから…





「…好き」


抱きついただけでなく、いつもは言いたくても言えない言葉も勢いで言えてしまう。

もちろん恥ずかしいけれど、もう言ってしまったものはどうしようもないので気にしない。




「いつもしないことや言わないことを、この状況でやるとか…お前って意外と魔性だな」

「ま、魔性!?」


抱きついていた手を稲瀬の体から離し、はぁ?と稲瀬に詰め寄る。

稲瀬は真顔だったが、どこか面白がっているようにも見え、ハハッと笑いながら私の隣にゴロンと寝転んで、片方の手で私の髪を触る。







「…で。魔性ってなに?」


私は稲瀬の方に体を傾けて、稲瀬にくっついた。




「そのまんまだよ。こっちが一線置いてる時に限って、お前は俺に積極的になるってこと。せっかくセーブかけてんのに、理性が崩れるだろ」

「そ、そういうことか…」


反省したように稲瀬からそっと離れ、ピタリとくっついていた体を離した。




「そういうことじゃねえよ。今はこれが正解」

「あ…」


稲瀬の手がスッと伸びてきて、私をギュッと抱きしめた。





「…本当面白いねお前って」

「そうかな…」


“面白い”って言葉に思い浮かぶのは、自分がドジなことをしてしまった光景。

稲瀬が言っている面白いと、自分が思い浮かんだものが違うのは明らかだが、今は突っ込まないことにした。





「こんなに好きになったの…初めてだよ」


少し枯れた声で言う稲瀬が、すごく可愛らしくて…胸がキュゥっとしめつけられた。




「私もだよ」


こんなに誰かを好きになったのは、産まれて初めて。


本当に好き。

大好き…







「あー理性が…」

「え゛っ」

「嘘」

「…稲瀬が言うと嘘に聞こえないよ」

「悠だろ」

「あ、そっか…」



この日から、私は“稲瀬”から“悠”と呼ぶようになった。