彼女は俺の気持ちに気づいていない。


 ただ、思い出しただけだ。


 でも、もういいや。


 俺、今ので満足しちゃったから。


 10年以上も前のあの時のことを思い出して、自然と笑みがこぼれた。


『ほんとうに、行っちゃうの? もう会えない?』


『会えるよ。もっと大きくなってもどってきたら、1番に会いにくるよ』


『ほんとう?』


『ほんとだよ! あと、約束。戻ってきたら、今度は……』


 思考を現実へと戻すかのようなベルの音。


 電車が出発する合図。


 ドアが閉まるギリギリに、彼女とそこへ乗り込んだ。


 彼女は、遠く、外を眺めている。


 言えなかった言葉、聞けなかった言葉。


 なんか、どうでもよくなった。


 飲み込んだ言葉、口に出すのをためらった言葉。


 今、自然と溶け出して跡形もなくなった。


 “好きだよ”と、もうひとつ。


 彼女が思い出してくれた約束の言葉、“今度は、ずっと一緒にいようね”。


 我ながら、単純だ。


 伝えることも、確かめることも諦めかけたのに。


 やっぱり、亜希はずるいよ。


 憎らしいくらい愛しくなって、ああ、もう大丈夫だと、あとは時間の問題だと思った。


「夕ご飯、なんだろうな?」


 そう言った俺、窓に映る自分の顔は、どことなくスッキリした表情に見えた。