「先輩、その、えっと……。“あの花”ってなんですか?」


 俺の胸に埋めていた顔を上げて、無防備にも俺を上目づかいで見つめてくる彼女、宮下さん。


 赤くなった目が、涙で潤んだ瞳が、あの頃の姿と重なった。


 あの時の子が、今目の前で泣いている宮下さんだと気が付いたのは、いつの頃だっただろう。


「あの、先輩……?」


「ん、なんだっけ?」


 つい数分前まで、先輩と後輩だった俺と宮下さん。


 3年前、その瞳に映りたいと願ったことが現実になり、ついつい昔のことを考えてしまう。


 宮下さんはそんな俺を、ただただ真っ直ぐに見つめていて。


 黒い瞳の中に自分が映っていることが、嬉しい。


 幸せだ。


 今、彼女は俺だけの女の子だ。


 ……それで、なんだっけ。


 彼女は今、なんて言った?


「さっき言ってた、“ずっと”とか、“あの頃”とか、“あの花”とか……」


 「気になることが、たくさんあるんですけど」と、もごもごと恥ずかしそうにたずねる彼女がたまらなくかわいい。


 そっか、俺、調子に乗ってそんなことまで言ったんだっけ。


 彼女はあの時のこと、覚えてないんだろうな、泣いていたし。


 その時ぶつかった相手ってのが俺だってことも、もちろん知らないだろう。


 ……いや、覚えてるはずだよな。


 俺のことは知らないとして、赤いゼラニウムを渡したあの日、出会った時のことを少なくとも思い出したはずだ。


 確証なんてないけど、地面に散らばった土を一緒にかき集めたとき、『前にもこんなことがあった』と、宮下さんは確かに言っていたから。