出展まであと3週間を切ったある日、私はいつもの通りまた一人の美術室に向かう。
 今日は掃除当番が私に周ってきたため、いつもより少し遅めのスタートとなった。職員室へ鍵を借りに行く途中、聞き覚えのある鈴の音が聞こえた。
 それは、美術室の鍵に付いている、きみどり色の鈴の音の様な音だった。私が降る階段の上から聞こえた気がした。上には美術室があることから、よりいっそう私は先入観に引き込まれてしまったのかもしれない。
 「誰かが持っていったのかな。」
 それ以降、上の階からは物音がしなくなった。もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。確認のため、職員室へ向かった。
 職員室前の廊下で偶然、美術顧問の青木先生と会った。
 「美術室の鍵?ああ、さっき生徒が持って行ったよ?美術部にあんな子いたっけかな。」
 美術部に居ない様な生徒が美術室の鍵を借りて行く…。そんなこと初めてだった。 
 お盆も近いし、もしかして幽霊なんじゃないか。という不安を抱えながらも、なんでその生徒が美術室の鍵を借りたのか、理由を知りたいという好奇心に身を任せ、降りてきた階段を再び登り始めた。
 一段一段登っていく階段。少し傾いた太陽の光が、青色の壁に当たり少し紫がかって見える。遠くからカラスの鳴き声が聞こえた。
 少しおびえながらも、とうとう美術室の前まできてしまった。いつもなら閉の字が出ているはずの鍵穴は開になっている。やっぱり鍵は開いているらしい。誰かが中にいるのだ。
 中の人物が凄い気になる。でも、開けられない。時間は過ぎて行く一方。私は少し考えこみ、ようやく美術室の扉に手をかざすことができた。
 木製の扉がキーと音を立てて開く。いつもならこもった熱い空気が飛び出すのだが、今日は違う。隙間から少し覗き込むと、中は明るく、新聞紙の束が風に当たりひらひらしているのが見える。
 おそるおそる中に入る。カーテンは結ばれ、窓は開いている。こんな状況なのに、なぜか落ち着いてしまう。やっぱりここは、いいな。
 ガサガサ…。
 「ひっ!」
 美術倉庫の方から音がした。美術倉庫には、人の顔の彫刻や肖像画があり、もしかして幽霊となって中に潜んでいるのではないかと考えてしまった。
 ガサガサ…。
 どうしよう。からだが動かない。私はただただお化けじゃないようにと、祈ることしかできなかった。
 ギー…。扉が開いた。
 「ひっ…!」
 「ふぁ~…。よく寝た~。」
 中から出てきたのは、背丈の高い男子生徒だった。校章の色で、すぐに三年生とわかった。
 「…あれ?君はここの部員さん?」
 とても不思議そうな目でその生徒は私に質問した。
 「は、はい。一年の佐々木です…。」
 年上の先輩と会話をしたのが、これが初めてであった。
 「一年生か。俺は一ノ瀬、ここ、風が入ると気持ちがいいから寝てた。」
 にこっと笑い、自分がここにいた理由を説明した先輩。
 窓から入る心地よい風と共に、シトラスの爽やかな香りが教室中にひろがった。