窓の外を見ると、丘の上には入道雲が見える。丘の緑に雲の白、空の青とが、この退屈な授業の間、私の頭の中を駆け巡るのであった。
 小学生のころから友達があまりできない私。学校へ向かう途中にあいさつをしてくれるのは、近所のおばあちゃんや学校の先生、美術部の大沼さん。大沼さんは声をかけてくれるけど、それは学級委員長として。個人的というよりは学級委員長として話しかけているだけであり、友達としてとは、あまり言えない。
 特に友達が欲しいと思ったこともなく、もちろん恋人が欲しいと思ったこともない。でも、恋愛はしてみたいと思う。いまどきの高校生に近づいてみたいという思いが、心の片隅で、ほこりを被ってひっそりと佇んでいる。
 そんな私の趣味は、絵を描くことだった。
 放課後、私が真っ先に向かうのは美術室。昔から絵を描くことだけは好きで、これが学校での、私の最大の楽しみ。今日の美術部は休部なのだが、1人で美術室の鍵を借りてきて、1人で黙々と準備をする。みず色カーテンを結び、窓をあけ、教室に溜まった熱い空気を外へ逃がす。風が抜け、まぶたの重い午後は目を閉じればいつでも夢を見る事ができる空間ができあがる。
 そんな眠気に負けじと、倉庫から私の絵を持ってきて書き始める準備をする。私の背丈の半分くらいの大きさに描かれた絵の題名は「みず色」。私の席から見える丘をテーマにしたこの作品は、私が描いてきた絵の中で一番大きい作品だ。大きい分、運ぶのに一苦労してしまう。こんな時に友達がいたら、きっと手を貸してくれるんだろうな。そんな想像をしてみたりもした。
 愛用の筆を持ち、無くなりかけてぺたんこになっている青色の絵具チューブから絵具を出し、パレットの上で色を混ぜていく。
 二色の色が混ざりあい、一色の色になる。その組み合わせは無限にある。まるで、見ず知らずの男女が、ふとしたきっかけで一緒になり、いずれは夫婦になって、その色で、人生という白いキャンバスを埋めていくんだろうなと、そんなことも考えてみたりする。
 「やっぱり私、恋人…欲しいのかな?」
 誰もいない教室で小声で囁いたこの思いは、窓から吹き込んだ冷ややかな風にかき消されてしまったかも知れないけど。