「杏子、英語の和訳見せて〜私今日は当たりそうなんよ〜」


朝から美穂が切羽詰まった表情で杏子に頼んでいた。


「いいよ〜。ちょっと待ってね」


鞄の中から英語のノートを探し、美穂の前に出した。


「杏子のノートって、すごくきれいにまとめられてるよね〜。いつ見ても感心するわ〜」


美穂は机の上に置いていた杏子のの理のノートをペラペラとめくりながら言った。


「はい。英語のノート」


「サンキュー」


美穂がノートを笑顔で受け取った瞬間、教室が猫撫で声に包まれた。


「眞中く〜ん、おはよう」


語尾にハートマークが付きそうなくらい甘い声で健一の登校を待っていた子たち。


杏子が健一の姿を捕らえなくても、いつもと変わらない様子であることがわかった。


―――よかった・・・風邪とかひいてなくて・・・。


5月とはいえあれだけ雨に濡れていたら、風邪をひいてもおかしくない。


健一がいつも通り学校に現れたことに杏子は安心していた。



そして、いつもと同じように美穂と話をしていたら、頭の上から声がした。


「岡崎さん・・・」


杏子の名前を呼ぶ声に顔を上げると、そこには、昨日、杏子のことが好きだと言った健一がいつもの作り笑顔ではなく、照れ臭そうに左手で鼻のてっぺんを掻きながら立っていた。



「これ、ありがとう」


目の前に出されたのは、昨日杏子が健一にに貸した水色のハンドタオルだった。


それを受け取ると、杏子はついさっき思ったことを正直に口に出した。


「あ、いいよ。風邪ひいてないみたいでよかったね」


「あぁ、ありがとう」


それだけ言って立ち去る健一の背中に目をやってると、視線を感じた。

おそるおそる美穂の顔を見ると、黙ってニヤニヤしていた。


――何?どういうこと?後でゆっくり聞かせてね――と語っていた。