「あの、近藤……。コホン、あ、晃さん。私に聞きたいことって、それだけですか?」

 ここまで言われて、かたくなに『近藤さん』と呼び続けるのも角が立つ。
 ここは素直に従うのが社会人というものでしょう。うん。
 そう自分で自分に納得させながら、彼を名前で呼んでみたけど、予想以上に恥ずかしくて視線がフワフワ泳いでしまう。

 異性を下の名前を呼ぶのって、すごい特別なことなんだっていま初めて知った。
 んもう、詩織ちゃんめー! 私まで巻き込まないでよね!

「いえ、ここからが質問のメインなんですが……聡美さん、今日の私の講習はつまらなかったのでしょうか?」
「え? な、なんのことですか?」

 またまた思いもよらないことを言われて目が丸くなる。
 すると晃さんが真面目な顔で答えた。

「前回の講習では、聡美さんから噛み付かれそうな勢いと手応えをたしかに感じたんです。でも今日は、今ひとつ食いつきが悪かったようなので」

 く、食いつきって……。
 私は疑似餌の毛バリに引っ掛かるイワナか!
 でもやっぱり気もそぞろだったのがバレてたのね。失礼なことをしてしまった。

「私には講師としての責任があります。後学の為にも、どの点が良くなかったのかをぜひ教えていただきたいんです」

 それでわざわざ戻って来てくれたんだ。責任感のある人だな。
 彼への好感度が上がると同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「晃さんのせいじゃないんです。私の集中力不足が原因なんです」
「いえ、どうか正直に言ってください」
「いえいえ! 私、正直ですから! 晃さんの講義は本当に面白いですよ!」