「あの、それで近藤……いえ晃さん、私に聞きたい事というのは?」


 こうまで言われて、なお近藤さんと呼び続けるのも角が立つ。

 ここは素直に従うのが社会人というものでしょう。

 そう判断して口籠りながら名前で呼んでみたけど、予想以上に恥ずかしくて視線がフワフワ泳いでしまう。


 異性を下の名前を呼ぶのって、すごい特別な事なんだ。いま初めて知った。

 んもう、詩織ちゃんめ~! あたしまで巻き込まないでよね!


「聡美さん、今日の講習はつまらなかったですか?」

「え?」

「前回の講習では聡美さんから噛み付かれそうな勢いを感じたのに、今日は、今ひとつ食いつきが悪かったようなので」


 く、食いつきって。

 あたしゃ疑似餌の毛バリに引っ掛かるイワナか。


 でもやっぱりバレてたのか。失礼な事しちゃったな。

 気に病んで、わざわざ戻って来てくれたんだ。仕事に対して責任感のある人なんだな。

 彼への好感度が上がると同時に、申し訳ない気持ちで一杯になる。


「私もまだ若輩ですから、後学の為にどの点が良くなかったのかをぜひ教えていただきたいです」

「あ、いえあの! 近藤……晃さんのせいじゃないんです!」

「いえ、どうぞお気遣いなく正直に言ってください」

「いえあたし正直ですから! 近藤……晃さんの講義は面白いです!」