タイムスペース



***




「ねえ、兄ちゃん」

「どうした? 昴」

「どうして、お空って青いのかな」

「さあな。海が反射してるからとか?」

「海?」

「海ってさ、すごく大きくて冷たいんだ。水がいっぱいあるんだ!」

「水? プールとか?」

「もっともっと。プールなんかよりも――っとでっかい! 今度お父さん連れてってくれるかもしれないから、そしたら教えてやるよ」

「うん!」



***







 目が覚めた。


 規則正しく鳴る秒針の音が聞こえた。


 なに変わらない景色。布団の感触も、花柄の天井も。



 それなのに、どこか遠いところを冒険していたような感覚だった。


 上体をゆっくり起こす。南向きの窓から、もうすぐ生まれる朝日の光が漏れていた。


 夢を見ていた。


 不思議な夢だった。何年も前のことだった。
 昴―――数年前、海で溺死した弟―――のことだった。


 「昴…」


 声に出すと懐かしい響きがした。
「兄ちゃん」と呼ばれていたあの頃の思い出は、もう二度と戻ってこない。


 あの頃は何をしてたっけ。昴は初めて見る海の大きさに大興奮してたな。すごくはしゃいでたな。かわいかった。


 それなのに―――…



 海でむなしく溺れ、大勢で救助したものの、息を引き取った昴。


 大号泣した。悲しかった。
 大切な、家族を失った悲しみ。
 戻ってきてほしかった。また「兄ちゃん」と呼んでほしかった。
 あの無邪気な笑顔を見せてほしかった。海で楽しく泳ぎたかった。


「…――」


 布団を握る手が汗ばんでいた。
 
 もし昴がいたのなら、今ごろどんな子になっていたのだろうか。
 もし学校に行っていたのなら…。


 わずか6回しか迎えられなかった誕生日。
 何がいけなかったのだろう。あの頃、僕らはどんな、悪いことをしたのだろう。



 夢の中で見た親愛の弟を思いだし、僕はいつまでも布団から出られずにいた。