タイムスペース

「…失礼します」

 ドアを軽くノックして、心持ち声を大きく出す。

 それと同時に、数学の先生が職員室を出ていくのとすれちがった。

 …ということは?

 私は後ろを振り返り、先生の後ろすがたを見送る。

 …やった! 先生出ていった! よかった!

 はやる気持ちをおさえて先生の机へと向かう。うずたかく積まれているノートへと。


 慎重にそれを一つ一つ調べていく。
 幸い、この職員室には今誰もいない。あの数学の先生が最後だったようだ。


「…あ、あった!」


 思わず声に出してしまい、辺りを見回す。誰もいないのを再確認し、そっと自分の名前が書かれたノートを開いた。

 どうか先生がまだ見終わっていませんように…。



「え」


「…何してるんですか」



―本能的に、ノートをばたんっと閉じる。

 自分でもわかるほど、心臓が飛び跳ねた気がした。

 後ろからかかった声に瞬時に振り向く。声が先生のものじゃなかったことがまだ救いだろう。


 「…あ」


 見れば、さっきの彼が立っているのだった。
 それを見てホッとするも、そのまるで不審者を見るようないかがわしい視線に、私は知りたくもない犯罪人の気持ちがわかってしまった。

「…どうしたんですか?」

「あ、その…ちょっと、用があって…」


 マズイマズイ。想定外。誰にも知られちゃいけないのに。

 しどろもどろな説明に、彼の視線はテロリストを見るような目になった。いやテロリストってどんなのか知らないけど。
 なんにしろ不審者より悪いのは確かだ。

「…あ、あなたは、どうしたんですか? なんで戻ってきたんですか?」

「いや、昼食食べないのかなと思って…」

「今から食べるんです! ごめんなさい! 失礼しました!」

 私はノートを持ったまま、職員室入口に立つ彼を押しのけるようにして、職員室を飛び出た。

 あああこんなことしたらますます怪しまれる。でもこうするしかなかった…。

 脳裏に数々の後悔を残しながら私は階段をかけ上がった。