タイムスペース

「…」

 素知らぬふりをして職員室までの廊下を歩く。

 何としてでも無事ノートを取り返さなければ。さもなくば「アレ」が…

 ってこんなことに精を出すとか私は小学生か。いやそりゃテストはいつも60点とか70点とかだけど…うむむ。

 なんて考えている間に職員室の前にたどり着く。
 どうしよう。先生はまだ中にいるだろうし。出てくるまで待とうか。それとも

「あ?」「あ!」

 突然中から出てきた人物に、私は驚いた。

「あのときの…」

 見覚えのある人だった。私と同じ電車で通っている人。私が入学2日目から生徒連絡表をなくしたときにいっしょにいた人。

 結局あの連絡表は、私のカバンの中に入っていたのだが。
 今朝カバンの中に入れたのをすっかり忘れていたのだった。

 こんなドジな私を見て彼は何を思ったのかな、と羞恥心で顔が赤くなる。

「どうしたんですか?」

 彼は職員室に何の用があったのだろう。私が尋ねると彼は「ん、ちょっと授業でわからなかったことを質問しに」と答える。

 マジメだなあ。私も見習いたい。

 そう思うと同時に、私の頭の中にある考えが浮かんだ。

 そして彼が持っている教科書が数学なのを確認すると、私は彼にそっとささやいた。

「あのすいません、ヘンなこと聞くんですけど…」

 そう前置きをすると彼は「? はい」と首をかしげながらも私の口元に耳をよせてくれた。

「あの、数学の先生のトコに、ノート? っていっぱいありましたか…?」

 「見られちゃマズイもの」が書いてあるのは数学のノートである。
 いっぱい、というのは、一クラスぶん集められたのだからたくさんあるだろう、という意で…。

「?? はい、あったと思いますけど…」

 親切な彼は怪訝な顔をしながらも答えてくれる。この質問の答えがNOであるならば、まず質問の意味さえ理解できなかっただろう。

「ありがとうございます! すいません、変な質問して。忘れてください!」

 不思議そうな顔をしながら去っていく彼を見ながら、私は無意味な質問をしたことに気づく。

 ノートを見たにしろ見てないにしろ、ノートがたくさんあることに変わりはないのに…。

 気を取り直し、私は再び職員室に向き合った。