タイムスペース

 僕がそう返したとき、霜月さんは唐突に「そうだ!」と言い、カバンを探り始めた。


「七瀬…くんに渡したいものがあるの!」


 渡したいもの? お近づきのしるしにでもだろうか。


 しばらくして霜月さんは、手のひらに小さなキーホルダーを出現させた。


 「! これって」


 僕はそれを凝視する。瞬時に ほしい、と思った。


「これ、このキャラクター、いつも七瀬くんが読んでる本のだよね。この前デパートのガチャでたまたま見つけてさ」


 それを聞いて、なぜだか照れくさくなる。いつも僕が電車の中で読んでいるのを見ていたのか。


「ごめん、私運悪いからいいの出たかわかんないけど…」

「ううん全然! これ僕の好きなキャラなんだ。すごく嬉しい!」

 本音でそう言うと、霜月さんはまたふわりと笑った。
 そして僕の手にそのキーホルダーを渡す。
 愛らしいこのキャラは、どことなく霜月さんに似ているかも。嬉しさとおかしさで僕も笑う。


「これ、いくらだった?」


 霜月さんは首をかしげ「えっと、100円だった」と言った。
 トレードマークのニット帽がふわりと揺れる。


「じゃあ明日100円返すよ。ほんとうにありがとう! 霜月さん」

「ううん! 喜んでもらえてよかった!」


 朝日が電車内を明るく照らす。

 この電車の中の、こんな小さな出会いの変化などは、僕ら二人以外にはまったく関係のないことなのだろう。


 だからこそ、人との出会いは大切にしなければいけないのか、と僕は心に刻みながら、朝日に照らされる彼女の笑顔を見つめた。