ふと、時計をみればもう9時30分になっていた。

いつの間にそんな時間が進んだのかと思いつつ今日は買い物に行かなければならない。

嫌だなぁ…行きたくないなぁ…電車に乗るのめんどくさいなぁ…と考えていると須賀さんが暗い顔をしていたらしい私を見てどうしたのかと聞いてきた。



「……食材、買いに行かないといけないんです…」



すごく行きたくない。

電車とか人に酔いそうになるし…。

それなら近くのスーパーに行けばいいんだろうけど、生憎ここは住宅街。

スーパーはバスか電車に乗らなければ私にとっては遠い。

自転車で行く体力ないし…そもそも自転車がない。

昨日お母さんと一緒に行っとけばよかったと後悔する。



「買い物?なら、一緒に行こうか」

「…はい?」

「実は社長に泊まり込みでお世話頼まれててね」



私はまた、ピシリと固まった。

さっきこの人なんて言った?

は?泊まり込み?泊まり込みってなんだっけ?美味しい食べ物でしたっけ?

うちのお母さんはなんてことアイドルに頼んでいるのか…と、ため息が出た。



「別にいいですけど…私の部屋には絶対入らないでくださいね」



いくらアイドルでも自分の家にいさせるのはすごく嫌だけど、お母さんに言われているのでは仕方ない。

それに、さっきみたいな不審者が来たときは助けてくれそうだし、うん、100歩譲って泊まり込みは認めよう。

私の部屋にはいってこなければどうでもいいし。



「それじゃあ買い物行こうか」

「あ、はい…」

「その前に、冬祢ちゃん、着替えてきなよ」



須賀さんに言われて自分の格好を見る。

黒いジャージにボサボサの髪ではさすがに恥ずかしい。

私は着替えるため自室に戻った。

着替えると言っても私はあまりおしゃれに興味がない。

適当な七分のズボンにポロシャツ着てパーカー羽織る、シンプルイズベスト。

今時の女子高生についていけないですよ自分、あっはっはっはっ。

部屋を出れば一応変装のつもりなのか眼鏡をかけた須賀さんがいた。

イケメンって何していてもカッコよく見えるからずるいよね…なんて場違いなことを考えた。



「…冬祢ちゃん、その格好で行くの?」

「何か問題でも?」



女の子らしくないのは自分が一番よくわかっている。

けどしょうがないじゃない。こんな服しか持ってないんだもん。

須賀さんは私を見て何かを考えているようだったけど、食材買い出しが優先事項だから考えるのをやめて「行こうか」とアイドルスマイルで言ってきた。

眩しいのでアイドルスマイルはあまりやってほしくないです…とは言えず、眩しさに目を細めることしかできなかった。