私が固まったままでいると心配したのか須賀さんが目の前で手を振っている。


起きてますよちゃんと。でも、信じられないことが起こって私は考えることを放棄したいのです。

現実逃避をしたいのです!



「…わかった、夢だ」

「夢じゃないよ?」

「いや、これは夢以外あり得ない。
国民的アイドルがこんな所に来るはずないんです」



そうだ、夢だ。夢に決まっている。

確か夢から覚めるには自分のほっぺをつねったりしてみるとか、夢の中で寝ればいいとか色々あるから、まずは自分のほっぺをつねってみた。



「…いひゃい」



思いっきりつねったら痛かった…。

じんじんと痛むほっぺをさすり、今度は寝てみようと思ったけど、ほっぺの痛みのせいで眠くならない。



「あの、冬祢ちゃん?」

「夢よ覚めろ!」



まるで神頼みでもするように両手をあげてみるけど、そんなことで夢が覚めるはずもなく、目の前には須賀さんが苦笑いを浮かべていた。


さんざん現実逃避したけど、いくらそんなことしても話が進まないので、諦めてリビングに須賀さんを通した。



「粗茶ですが…」



さっきまで現実逃避しようとしていた私を見ていた須賀さんとは顔が合わせづらい。

俯きながらお茶を出して、須賀さんのお向かいに座る。



「…あの、おか…母はなんで……」

「俺をここに寄越したか?」



お母さんは何を考えて忙しいアイドルに私の世話を頼んだのかと疑問に思っていたことを聞いてみると、須賀さんは私が出したお茶を一口飲んで話をしてくれた。

曰く、ルーメン全員に言われたけど社長のいつものおふざけだと思ったらしく、須賀さん以外は来ない。

では何故須賀さんだけが来たのか。

それは以前お母さんから聞いていたらしい。私のことを。



「会ってみたいって興味本意もあったんだけど…来てよかったと思ってるよ」



事務所で社長が家族の話をすることは滅多になく、須賀さんは偶然社長室に飾ってあった写真を見て私の存在を知ったらしい。

お母さんも何となく須賀さんに話して、忘れてもいいと言われていた。

けど、覚えていたからここに来たのだろうか?

いや、それよりお母さんが写真を飾っていたことの方がビックリなんですけど。

どんな写真飾ってんだろ…めっちゃ気になる。



「改めて、ルーメンの須賀漆斗です。
お兄ちゃんって思ってもいいから、これからよろしくね」

「……時宮冬祢…趣味は引きこもることです」

「なにその暗い趣味?!」



改めて自己紹介して、握手を求めてくる須賀さんの手を見てこんなキラキラ輝く人の手を私なんかが握っていいはずないと思い握手はしなかった。