「うちに何かご用でしょうか?」
「え…あ…」
「というか、ここは許されない限り誰も入れないハズなんですけど…」
「し、失礼します…!」
男性は爽やかな笑みを浮かべながらおっさんを追い返した。
確かに男性が言った通り、この階は丸々うちだから許されない限り入ってこれない。
どうやって来たかは謎だけど、変なおっさんがどこかに行ってくれて安心した私はその場にへたりと座り込んだ。
「だ、大丈夫!?」
座り込んだ私を心配そうに見てくる目の前の男性。
その優しさに私はぶわっと涙を溢れさせてしまった。
「ふ、ぇ…」
「え!?ちょ、な、泣かないで、ね?」
突然泣き出した私にあたふたしている男性は、そっと私を抱き締めてくれた。
他人が怖くてこうして接するのは初めてで、驚きのあまり溢れさせていた涙が止まった。
異性の人の腕の中にいるのも初めて、そっとその人を見上げてみれば安心させるためにかにこりと優しそうな笑みを浮かべて、もう大丈夫だと頭を撫でてくれた。
お父さんを物心つく前に亡くしてしまった私は男の人の温もりを知らない。
でも、なんだか安心できると思いその人の腕の中に顔を埋めた。
しばらくそうしていると、だんだん自分がしていることが恥ずかしく思えてきて、離れようにも恥ずかしくて真っ赤になっている顔を見ず知らずの人に見せられないからどうしようと考える。
こんなに異性と密着したこともないから私の頭は爆発しそうだ。
「えっと…落ち着いた?」
「…は、はい……す、すいません」
いきなり泣かれて、いつまでたっても離れないからこの人も迷惑に思っていたはずだろう。
慌てて離れて真っ赤な顔を見られないように俯いていればぽんぽんと頭を撫でられた。
とっさに顔をあげてみれば男性はやっぱり笑顔を浮かべていた。
「キミが冬祢ちゃんでいいんだよね?」
「え、あ、はい…」
「今日からキミのお世話をすることになりました。
ルーメンの須賀 漆斗(すが ななと)です」
その名前を聞いて私はピシリと固まった。
お母さんが切り盛りしている芸能事務所はアイドル専門の事務所で、数々の伝説とも言えるようなアイドルから現在大人気のアイドル、これから人気急上昇しそうなアイドルがいる。
そのアイドルの中で今現在国民的に人気なのがルーメンと言う5人のアイドルグループで、メンバーの中に須賀漆斗と言う人物がいる。
そう、今私の目の前にいるのがその須賀漆斗…らしい。
お母さん、何を考えてアイドルなんかをうちに派遣したんですか!?
