本番いきまーすとスタッフの誰かの声が聞こえて、いよいよ始まるテレビ収録。

司会進行はしっかり者の須賀さんで、今日のゲストを紹介してルーメンとの共演っていつ以来だったかなとか最近どんなことしているのかとか他愛のない話から始まって、番組を作っていく。

今回の収録はゲストチームとの対戦というバラエティ番組。助っ人に芸人が出て、その芸人がいじられて…観客は楽しそうに笑って彼らを見ている。

私は、最初こんなにも楽しい現場なんだなと思っていたけど、こうして改めて見ると須賀さんたちって本当に遠い存在なんだなと思った。

ただ、事務所の社長の頼みだから。
須賀さんたちにとって私ってきっとその程度の存在で、本気で私のことを心配している訳じゃない。

上司の命令だから断れない。

ほんと、私ってネガティブなことばっかり考えてひとりで勝手に落ち込んで…悲劇のヒロインにでもなったつもりか。

悲劇のヒロインなんて私が一番嫌いなタイプでしょ。

だからもう、落ち込まない、泣かないって決めたのに…目の前が歪んで見えるんだけど。

自分の涙でもう眩しすぎる須賀さんたちを見ていられなくて、そっと席を立ちスタジオから出た。

はしっこの方にいたのもあるけど影が薄いからかそれとも収録が盛り上がっているからか、観客はもちろんスタッフにすら気づかれずスタジオを出ることができた。

ルーメンの楽屋に戻ろうかと思ったけど、私が入っていい場所ではないから女子トイレに逃げ込むように入った。

ここなら、収録が終わって私がいないと須賀さんたちが探しに来ても簡単には見つからないだろう。だって女子トイレだし。

一番奥の個室に入って便座の蓋を閉じてそこに座る。スマホを取り出して時間を見ればもう11時だった。

収録早く終わんないかなぁ…と天井を見上げたとき、滅多に鳴らない私のスマホが着信を知らせるように鳴った。

ビクッと体が大きく跳ねて、スマホを落としてしまったがそれでもスマホは鳴り続ける。

誰から電話だと見れば、海外にいるはずの母からだった。



「…もしもし?」

『冬ちゃん?今どこにいるの?漆斗くんが心配して電話しようにも番号知らないから私にかけてきたのよ?』



須賀さんが心配?社長の娘だから、心配しているだけでしょ?



『冬ちゃん、あなたのことだから余計なこと考えているんでしょうけど漆斗くんがそれだけの理由であなたのお世話しようなんて思わないわよ』



母はそう言うと電話を切ってしまった。