キッチンに近づくにつれ、特徴的な香りが鼻の頭をかすめる。

「お、今日はカレーか。」

エプロンを外しながら飛鳥が言う。

「はい!私の得意料理なんです!」
「…何か意外だな。」
「どういうことですか?」
「いや、飛鳥ってもっと、スイーツとかそういうのが得意なんじゃないかなって思ってた。」
「よく言われます。…何ででしょうかね?」
「見た目とか?」
「見た目で判断しないでくださいよっ。」

こういう時間を「幸せな時間」と呼ぶのなら、僕は飛鳥と離れても、ある程度「幸せな時間」を過ごすことができるということになる。

なのに、実際は飛鳥と離れたくない、という思いが強い。何故だろうか?

「じゃあ、食べましょうか。いっただっきま~す。」

こういう飛鳥の天使のような笑顔を、一瞬でも見続けていたいからだろうか。それだと、僕の現状とは不釣り合いに単純だ。

「あれ、食べないんですか?」
「あ…ゴメン、ボーっとしてた。いただきま~す。」

こうやって一人で考えていても、飛鳥の一声で我に返る僕がいる。…おっと、いけない。また飛鳥に同じことを言われてしまいそうだ。

スプーンにカレーをすくい、口に運ぶ。ほどよい辛味と甘味が口の中いっぱいに広がる。

「そうだ、このカレー、ちょっと隠し味入れたんです。」
「隠し味?」
「はい。何だか分かりますか?」
「う~ん…分かんない。」
「じゃあ、正解発表しますね。正解は…。」

こんな何でもないやりとりをしながら、僕は飛鳥と離れたくない理由がやっと分かった。