社長と秘書という関係から、恋人同士となった私と彼。けれど日常は、変わらないと言えば変わらない。
「架代さーん、この書類確認お願いします」
「えぇ、わかった」
あの後日向は社長秘書に戻り、市原さんは営業部の秘書に戻った。
『身勝手に振り回してごめんなさい』と謝った私に彼女は『社長秘書なんて私には無理だったので寧ろよかったです〜』と大泣きして安心していた。
あの場をおさめてくれた神永には、二人揃って頭を下げて……少し怒られたけれど、笑って許してくれた。
そんな出来事を経て、今日も変わらぬ午後の社長室で、日向は私の背後から書類をずっと差し出す。そしてそのついでに、とでもいうように日向はちゅっとわたしの頬へキスをした。
「……ちょっと。社内ではいちゃつくの禁止って言ったでしょ」
「いちゃつきじゃないです。コミュニケーションです!」
「へぇ、じゃあ他の誰とでもするのかしら?」
「しませんって。言ったじゃないですか、軽く見えて架代さん一筋だって」
自分で一筋とか言ってしまうところがまた怪しい……。
じろ、と睨むと日向はへらっと笑う。その笑顔にまた、ほだされてしまう自分がちょっと憎い。
「架代さん、今夜食事でも行きませんか?美味しい店があるって社員から聞いたんです」
「へぇ。なら美味しくなかったら帰るから」
「えっ!?」
「嘘よ」
慌てる日向にからかうように言うと、思わずふっと笑みがこぼれた。
社内ではあくまで、社長と秘書。だからくっつくのは禁止。それが私と日向の間で設けたルール。
けど、会社を出たら話は別。私は日向を『和紗』と呼んで、日向は私を『架代』と呼ぶ。二人は、ごくごく普通の恋人同士になる。
手と手をつないで、歩いて、笑う。あなたへの愛を抱きしめて。
今日も彼は社長秘書。私の、秘書。
私だけの、秘書。
end.



