頭の奥が、少しずつ感覚を呼び戻す。瞼越しに差す光は薄ら赤く、遅れて明確になっていく聴覚。

 身体を伸ばそうと力を込めてみて、そこで漸く自分の手足がロープで縛られていたことを思い出した。

 一つ欠伸をしてから、涙で少し潤った瞳でやっと正面の景色を見た。

 景色と言えど、目の前にあるのは、一面に私の写った写真が貼られた壁だけ。気味の悪い筈のそれも、既に十分見慣れてしまった。


「……った…」


 身体の凝りが電気的な痛みに変わって、肩や首が悲鳴を上げる。

 部分的にでもそれを緩和しようともぞもぞ動いているうちに、自然と寝返りを打って部屋の様子を見渡すことが出来るようになった。

 すると、私にベッドを譲った彼が横たわっていた筈のフローリングの床には、カーペットの上に積み上げられたプリントや何かしらの教材、ローテーブル。

 昨日はあまり意識しなかったけれど、どうやら普通の学生の部屋らしい。

 というか、あの人は一体どこに行ったのだろう。キッチンの方を覗こうにも、今の角度ではレンジの置かれた木の棚しか見えない。


「あー、美波ちゃん起きた?」


 視線を向けていた所と程近い場所から、聞こえてきた声。どうやら本当にキッチンにいたらしい。

 何故分かったのかと一瞬驚いたけれど、考えれば寝返りを打とうとするたびに、ベッドがやたら軋んでいた。余程の騒音の中でなければ、気づかない方がどうかしている。


「まぁ…。何してるの?」


 居場所こそ分かったものの、死角となった所にいる彼が何をしているのか掴むのは、容易ではない。

 というのも、特に物音がするでもなく、彼の声の他に聞こえる音と言えば冷蔵庫の稼動音程度だからだ。

 キッチンにいるだろうに、食器のぶつかる音も、冷蔵庫が開く音もない。最早今の彼の行動は、見当もつかなかった。