「私はどうなってもいいです。どうなってもいいですから、せめて、せめて…。娘の受験が合格するまでは…。身勝手な事を言っているのは分かります。どうか、どうか…。」
「どうします?」
震えながら頭を下げ続ける痴漢に少し呆れながら優斗は中川に目を向けた。
「そんなの、駄目に決まってるでしょ!」
「亜優美はちょっと黙って。」
「何で黙らなきゃならないのよ!私、被害者だよ!こいつだって自分で身勝手って言ってるし。」
「別に許すとか言ってないから。ちょっと亜優美は一回落ち着こう。」
優斗が亜優美の肩を抱いて痴漢から遠ざける。
「すみません、本当にすみません。」
痴漢は必死に中川に頭を下げて謝り続ける。
「まぁ、僕も娘がいる身。気持ちが分からない事もないけど…。」
中川が一つ息をついて少し油断した瞬間だった。
合わせて合田も一瞬、締めていた腕の力を無意識に緩めていたかもしれない。
そして、亜優美と優斗は少し離れて言い合っていた。
痴漢はサッと合田の腕を抜けると素早く立ち上がり中川の横をすり抜けて走って逃げて行った。

