「・・・つめ。
なつめ・・・、なつめ!」
誰かが呼んでる。
母さん?
遠くから聞こえていた声が段々近づいて鮮明に聞こえてくる。
あの時と同じだ・・・。
そっと目を開けると、目の前に今にも泣きそうな顔をしている仁の顔があった。
「じ・・・ん」
「夏芽!?
夏芽、生きてる!?」
「うん・・・」
生きてなかったら今目の前に仁はいないと思う。
「よかった、ホントよかった」
ゆっくりと体を起こすと、周りには不安な顔をした先生や西山さんたち、それに知らない人たちが俺を囲んでいた。
「如月くん、意識ハッキリしてる?」
「はい。
えっと・・・これはどういうことですか?」
周りを見渡しながら俺の腕の脈を測っている美奈子先生に聞く。
「覚えてないの?
如月くん溺れたのよ?」
溺れて・・・。
あぁ、そうだ。
確か誰かが俺の背中に当たって、深い処に落ちたんだった。
でも何で・・・。
知らない人が助けてくれたのか。
「お前が溺れる瞬間を、西山が丁度見てたんだよ。
で、仁が助けたってわけ」
立ち上がって俺を見下ろす伊達先生を見る。
そっか、俺助かったんだ。
「・・・そろそろ帰ろう」
「はい・・・」
気付いたら、空はオレンジ色になりかかっていた。
やじ馬は去り、俺たちはパラソルやシーツを片付けていく。
あれから結構時間が過ぎてたみたいだ。
みんなに迷惑かけちゃったな・・・。
服も着替え終わって車に集まる。
「みんないるかー?
行くぞー」
伊達先生が運転する車にみんな朝のように乗る。
でも朝とは違う所が一つだけ。
美奈子先生と仁が席を入れ替わっていた。
美奈子先生が助手席で、仁が俺の隣。
何で入れ替わったのかはわからないけど、俺はなんとなくホッとしていた。
車が動き出しても車内の中は静まり返っていた。
朝はあんなに騒がしかったのに。
やっぱり疲れが出ているのだろうか。
まぁ俺が迷惑かけたせいもあるんだろうけど・・・。
車内には前で先生たちが数回言葉を交わす声と、後ろでスースーとリズムのいい寝息が二人分聞こえる音しかなかった。
「夏芽」
「ん?」
突然仁が耳元で名前を呼んでくる。
俺は耳だけ傾けた。
「お前が溺れた時、人工呼吸誰がやったと思う?」
「はぁ?」
何を突然言い出すのかと思えば。
「誰?」
心底どうでもいいように、興味なさげに聞く。
もちろん周りには聞かれないようにコソコソと。
「誰だと思う?」
いや、正直誰でもいい。
人工呼吸はキスに入るのか、という疑問などを結構聞くが、俺は入らないと思ってる。
だって人工呼吸は人を救うためにやっていることなのだから。
あれがキスに入るなんて俺は認めない。
「あのさ、言いたくはねぇんだけど・・・。
人工呼吸したの、俺だよ」
「え!?
あ、そうなんだ・・・」
マジで?
てか何で言いたくない事をわざわざ言うんだ?
「・・・バーカ、なわけないだろ。
美奈子先生だよ」
「・・・あ、そう」
何で騙した。
一瞬本気にしただろうが。
まぁ、美奈子先生なら保健の先生だから納得。
別に不思議ではない。
「で、ここからなんだけど」
ここから?
「俺でさえまだ美奈子先生に手出してないのに、何で夏芽だけ良い思いしてんの?
羨まし過ぎるんですけどー?」
「そ、それはしょうがないことなのでは・・・?」
「あぁ、しょうがないとは思ってる。
でもこれ、一つ貸しな」
「えぇ!?」
何でそうなる!
「あたり前だろ。
俺の好きな美奈子先生とキスしたんだ。
貸しだけですんで良かったと思ってほしいぐらいだな!」
「はいはい・・・」
仁はあれキスにカウントするのか。
ホント、人って色々だよね・・・。